【「ことばはひとつ」について】
年始に あるママさんから依頼がありました!
『カバジン(カバの男の子が主人公のストーリー音源)の10番の歌を
何語か言わずにかけてみて何語かわかるか、子どもたちに聞いてみて〜
Haru家の子どもたちなら、ヒッポヒッポ…のところだけでわかるはず!と思ってるw』
って言われました。
何となく
長男はできるきがするけど
二男三男は 国知らんだろうなぁ~って思いました。
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ちなみに
言われたのは「カバジン」だったけど
間違って「ソノコ(タイトル)」の音源でやってしまいました。
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で、実際してみたら
まさかの 長男も
イントロドン!的に流した音源に対して
「何語」ってのは答えられなかったんです。
ちょっと びっくりでした。
でも
長男の面白いのは
その続きを普通にうたえたこと。
特に しっかり聞いてるわけでも
夕方や朝のLINEでのメタカツ(多言語を真似してうたう)も
リクエストして「ぽん!」って言って
最後に「スパシーバ」しか言ってないのに!
うたえるんだ。。。
って感じでした。
***
しかも、
「何語かはわからんけど
同じことばを喋ってる人がいたら
この音源の「Hippo」と同じってわかる」
みたいなことを言ってました。
↑
この長男が言ったことばが面白くて・・・
つまり
意外と国をわかってないんだなって思ったけど、
それが「ことばはひとつ」ってことなんかな、
って長男を見て思いました。
***
その話を 今回の一件のママさんに言うと
「なかなか、そこに行けない…
私だからか?大人だからか?」
っていうので、
「どこに行けんの?
ことばにしてみて~」
って言ったら
「長男君の域、みたいなところ。
〇〇語って言うのはわからなくても、その言葉を話す人が目の前に現れるとそのことばで話せる感覚。
沖縄キャンプに行った人が、子どもたちは関西弁を話す子がいたら、間違わずに関西弁で話せるんだよ、って言ってた感覚と似てるんじゃないかと思う。
私はまだまだ粒(単語)で考えるところがあって、波で捉えられることの強みみたいな。べべそのものなんだけどね。
それが長男君の域なのか?」
という返信がきました。
確かに そうかもね~ って思ったと同時に
正直、何語とかって そんなこと超どうでもいいんだろうなって思いました。
Hippoでは よく「目の前の人のことば」っていうんですが
マジでそこなんだろうなって思います。
というか、
それでしかなくて…
そこに名前は存在しない気がしました。
「人」なんだなって。
↑こないだの 「国」のイメージ(正確にはロシアのイメージ)を聞いたら
「人」のイメージが返ってきたのにつながるなとも思いました。
***
そのことを このママさんに伝えると
『Hippo創設者のさかっちゃんは、
「人間は万物に命名する動物」
って書いてたけど。
ことぼくp.211より抜粋:『ことばはボクらの音楽だ!』
↓↓↓
原始的といわれる社会に住んでいるブッシュマンでも、都会のビルディングを見たとき、ビルディングということばをもたなくとも「大きな石の箱の中で、たくさんの人が右往左往していた」というだろう。ブッシュマンの言語もその文明相応に、すでに完全な人間言語なのである。
ブッシュマン→子ども
に変えると…
〇〇語ということばをもたなくとも、「目の前の人のことばを話していた」ということだろう。子どもの言語もその年齢相応に、すでに完全な人間言語なのである。
って言えるよね〜と思ったり。
〇〇語の名前が存在しないからこそ、私はそんな子どもたちを見て「ことばはひとつ」って感じられるのかな…』
って返事がきました。
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「ことばはひとつ」って聞くと、
思い出すのが、マレーシアでのあの一瞬。
たった一つの「音」を私は日本語に聞こえたんですが
タミル系のご夫婦にはタミル語に聞こえたという。。。
↓詳細はブログに!
そして、
もう一つが、こちら↓
4歳児が日本からマレーシアに行ったときに
話せることばが
4歳の日本語から
4歳の英語になった その切り替わり。。。
英語分の4年間の積み重ねがいらなかったことが
何よりの証拠だなと思います。
「ことば」という基礎の部分が4年分成長してたら、
表面上の「語」はきちんと出るというか。。。
そんな話をしていたら、
また「紀州手毬」の話を思い出したので、
それも貼っておきます!
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話は戻りますが、
普段「ことばはひとつ」だと思っていても、
こういう場面に遭遇すると、
本当にそうなんだな。。。
素で、地でそこ生きてるんだなって思います。
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ついでに
子どもたちの「外国」というイメージについても











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