マレーシアのペナン島へ赴任先が決まってから引っ越すまでは、家の中をマレーシアにするために英語・マレーシア語・中国語の言葉が聞こえるCDをかけていました。
そして、まだ幼い長男には引っ越し、しかも海外移住を理解するのにも、保育所の友達や親族のみんなと離れてしまうということにも心の準備がいるだろうと思い、
「春から日本語は通じない国に行くよ。」
「迷子になったらマレーシア語で名前言わなあかんなぁ。」
「春からはペナンタンポポ(年中)組さんになるからね。」
「このおうちは借りてたから、きれいにして返そうね。新しいペナンのおうちはどんなんかな。」
と色々な声掛けをしていました。
長男は少しずつ理解していったようで、思ったよりすんなりいきました。
それでも、ペナンの空港に到着したときは長時間のフライトの疲れもあったとは思いますが、
先の見えない不安からか「〇〇に帰ろう。ばぁばは来んの?」と言われました。
親のエゴで振り回している事は承知の上でしたが、グサッときました。「もう〇〇に家はないんよ。おうち返して、バイバイしたでしょ。」というと、「ぼくのおうちは〇〇さんの横じゃなくなったもんね。どこいくの?」と言われました。
「今度はペナンにおうち借りるから、借りるまではホテルで泊まろうね。ホテルにはプールもあるで!」というと、心はプールに飛んでいき、事なきを得ました。

4、5日ほどのホテル暮らしに慣れた後、コンドミニアム(マンション)に入居した時も「ホテルに帰りたい」と言われ、早く生活を落ち着かせないと!と思いました。

その時も、ベランダから見下ろせる場所にあるプールのおかげで心を切り替えさせることができました。プールさまさま(;^ω^)
毎日プールに通ってる間に、水の底を潜って泳いだり、ドルフィンと言いながらバタフライもどきな泳ぎをしたり、背泳ぎもどきをしたり。正式な泳法の息継ぎではないけれど、彼なりの息づぎも獲得し、広いプールを自由に泳ぎ回るようになりました。

生活環境にプールがあるだけで泳げるようになる。そういえば、私も田舎で育ったから川が家の横にあって、知らぬ間に泳げていました。
では、言葉はどうだったか。。。
結論から言うと、同じです。
環境があれば、その環境に即したものになっていく。

初めのホテル暮らしの時、歩いて夕ご飯を食べに行った帰りにさっそく長男の言葉の変化が見られました。
まだ、生活も彼の心も不安定だったのに、日々音として溜まっていた英語が、ここにきて引っ張り出されたようです。
突然「Which one is the penang hotel?」と、その日泊まっていたホテルの場所を聞かれ、思わず長男を二度見してしまいました。
それを皮切りに、彼の話す英語やマレー語がどんどん増えていきました。
環境ってすごい!
続きます!