「教えない」は「不親切」か?

この多言語の活動を始めた人が

よくいうことばの一つに

「不親切」というものがあります。

どういうことかというと、

いろんな国のことばを扱ってる以上

知らない「ことば」

意味のわからない「ことば」が

飛び交う場面が多いのですが、

長くこの活動をしている人は

何となく こういう感じかなぁって

感覚でつかんでいったりしてます。

で、

もちろん全員というわけではないですが、

この活動をはじめて間もない人の中には

知らないとか分からないことの中にいることが

居心地が悪いようです。

確かに

分からない中に漂うのって

なかなか・・・

居心地がいいとは言えないのかも。。。

で、

そういう時に、

やっぱり知りたくて、

どういうこと??

ってなるんですが、

基本的にHippoの人は

「教えない」スタンスが多いかなと思います。

だから、

「不親切」だ、となるわけです。

確かに、

知ってるのに

教えてくれないって

「いけず」な感じがしないこともないです。

でも、

誰も意地悪で教えないわけじゃないというか。。。

多分

理由は二つかな

と思います。

*****

①自分で見つけると「忘れない!」

要は「ことばの自然習得」の話なのです。

自然にわかっていったことって

忘れないなぁと思います。

つまり「母語」と同じで

忘れようがないのかも・・・

いつまでも記憶に残るというか。。。

特に、誰かに話した場合、

記憶にしっかり残るように思います。

これも、「体験をことばにする」ってことなんだと思います。

ことばにするって本当にすごいことなんだなと。。。

***

②自分で見つけると「嬉しい!」

見つけられた時の嬉しさは

見つけたことがある人にしかわからず、

この感激というか

このじわっとくる嬉しさって

自分で味わわないと分からない気がします。

これを味わったことがある人は

この嬉しさを人に話して共有もしたいけど、

この嬉しさ自体を

同じように共有してほしいと思う。。。

つまり、これ自体を体験してほしいと思う。。。

そんな気がします。

だから、

「知りたい・教えてほしい」って思ってる人に

「言わない・教えない」んじゃないかなと。。。

知らんけど🤣

*****

ということは、

「教えない」のは

「不親切」なのではなくて

究極の「やさしさ」なんじゃないかなと。。。

ことば足らずで

その意図は伝わってない場合も多いけど、

いつかGetする感激の嬉しさの芽を摘み取らないでいてくれたというか

教えたとしても

大概教えられたことって忘れちゃうし。。。

だから、

遠回りに見えて

とても親切な行為なんだろうなって思いました。

*****

なんで

こんな話になったか??

忘れちゃったけど、

最近よく聞くので

思いをまとめておきました。

*****

余談

最初に話した

分からないところに漂うのが

居心地が悪いのかも?

という話ですが、

二男は 

去年の夏に中国の太湖大学堂に行く前、

あるZoomで

「中国語分からん太湖大学堂より、雪学の方がすき」

と言われたとき

「分からんから楽しいのにね」

ってこそっと伝えてきました。

そういう感覚が

本当にすごいと思うし

大事だなと思います。

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