二女が1歳の誕生日に
ろうそくの火をつかみにいった話をかきました。
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動画は、こちら
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このブログの中で書いたように
「火をつかむ」ことをしたべべの話を
既に聞いていました。
週に2回やってる
BebeとメタカツTimeで聞いたんです。
そんなこともあるのね~
って思ってたら、
まさかの我が子がしててびっくり!🤣
そこで、
その時みんなにケーキの時の様子を聞いたら、
動画と共にいっぱい事例が舞い込んできましたので
今日はそれを紹介します。
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ろうそくの火って
ただ消すだけだと思ってたけど
大違いでした🤣
★動画はこの記事の一番下!
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口の形だけでも色々ありました。
・下唇をだす
・上唇をだす
・ほっぺをぱんぱんに膨らまして
ふーふーの時の様子も全然違ってて、
・フーフー言いながら
・よだれ出しながら
・唾とばしながら
さらには、
フーフーしないのも
いろいろな理由がありそうです。
・こわがって?
・嫌がって?
・関心なし!
本当に、
ふーだけでも
色々ありまくり!
これも一種の「多様」だなと。
思い込みって どこにでも潜んでるなぁって思いました。
いろんなバージョンのふーがあって面白かったです!
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動画の中に
真っ先に「いちご」に手を出してるものもあるのですが、
これなんて自分の本能のまま!
この動画に対して出たコメントが、
『1歳の誕生日って、本人はケーキ食べないと思うけど用意してた?
もし、用意してたら歌ってる間、ケーキに手を伸ばしたりしてたかな?
祖母の100歳のお祝いをみんなでした時、痴呆があったのもあるけど、歌ってる間にケーキに手を出すもんだから、ケーキを守るのに必死だったのを思い出したわw
食べたかったんだと思うけど、歳をとるとベベに戻るんだな〜と感じた瞬間だった』
だそうです!
本当にそれはよく思います。
年をとっていくと
できなくなることが増えて。。。
まるで赤ちゃんに返っていく感じがします。
実際常に一緒にいて介護してると
本当に色々思うことは出てくると思いますが、
それでも、
「赤ちゃんに返っていく」っていう見方をしていたら
また心持ちも少し変わったりするなぁと思います。
ちなみに、
私のおじいちゃんは最期の頃
看護師さんの手を常に握っていて 幸せそうでした。
当時は 本能で女の人が大好きなんだなぁとか思っていたけれど
おじいちゃんは単に
「お母さんが大好きな赤ちゃん」だったのかもと思ったり。。。
もう一方のおじいちゃんがしんどくなった時は
一緒に病院に泊まり込んでたんですが、
こっちのおじいちゃんは
幻聴や幻覚を見ながらだと思いますが
ベットの上でずっと農作業をしていました。
体に浸み込んだ日常は
そう簡単には なくならないんだなと思ったことを
今でも覚えています。
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もう一つ動画の最後くらいに
火を消した後に
煙から逃げて
その後 手で煙を追いかけていた子がいます。
煙を取ろうとしているところが
面白いです。
そこでふと思い出したのが
「水をのばそうとした子」の話。
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上2つのブログを書いたときは
ことばにならなかったんだけど、
この 火をつかみにいくところとか、
煙をつかもうとしたり
水をつかもうとしている姿を見ると、
赤ちゃんって
ことばだけではなく
生きる世界そのものに
どこにも線をひかずに生きてるんだなぁって思いました。
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いつのまにか、
火や水をつかもうとは思わなくなってるものなぁと思って。。。
・・・そういえば
昔 雲をつかみたかったことを思いだしました🤣
今は「雲」の正体がわかってしまっているから
水の粒の集まったイラストが頭をよぎってしまいます。。。
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ちょっと話はずれますが、
土とかもある意味そうかも。
いろんな場面で さわらないようにさせられてるなぁ・・・
どんどん そういう一番大切で自然な姿から かけ離れた生きものに
人間はなっていってるんだ。。。
と思ったら、
ちょっと残念。。。
且つ 怖いなぁとも思います。
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みんなが集めてくれた「ふー」の動画↓
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