この夏、その年で?単身アメリカ??
と、驚かせてくださった方から手記が届きました!
遥か昔の気がしますが、
去年山奥まで来てくれて講演してくださった方です!
↓↓↓

この方が、
『今回のアメリカでの
沢山の人との会話から
今の世界🌎の潮流を感じました。』
という前置きと共に送って下さった手記がこちら。
↓↓↓
一部抜粋です!

↑日本で生まれ育った85才の方が
この音たちをキャッチできるのも、さすがだし、
この状況にかなりワクワクしてるのも伝わって、こっちまでワクワク!

この↑の「大切なこと3つ」がとてもいいなと思いました。
これは、これからの人生で本当に大切だと思います。
⭐Honesty~信頼される人であれ!
⭐Perseverance~不屈の精神をもて!
⭐Camaraderie~苦楽を共にする仲間との間に結束力を!(仲間意識)
➡嘘を見分けて思慮深く、自ら考え、自分の道を!
とのこと。
最後のBe YOU!が
カッコイイし、しびれますね。
正確には、
Be you with 仲間!
って感じなのかなぁとか思ったり。
*****

↑「自分たちの良さ」とありますが、
最近はその「自分」を見失ってる人が本当に多いように思います。
いや、見失うというよりは、、、
「芯」みたいなもの、
それが育たないうちに大きくなってしまう感じ。。。?
これって、
やっぱり幼少期の過ごし方がかなり大きく影響しているように思います。
どんなに立派なものを上に積んでも、
土台が出来上がってないと
砂上の楼閣かなと。
↑
私がここでいってるのは、
塾にほりこむとかの世にいう英才教育みたいなものをしなさいよってわけじゃないです。
ただただ夫婦家族円満で
毎日泣いたり笑ったり怒ったり
そんな他愛もない時間を共に過ごすことで
こころがしっかり育つと思うんです。
ただただ一緒に雲を眺めるだけでも
川で遊ぶとかでも
公園さんぽするとか
キャッチボールするとか
そんな日常の些細なことを一緒にすることが大事だと思います。
そこが、
人格形成の一番肝になるはずで、
そこがやっぱり大事だと思うのです。
↓過去の記事ですが、こちらも是非読んでいただきたいです!

*****
そして、↓この話もまた興味深かったです。
私もかつて
出会ったことがあります。
その方は、
その国に33年住んでいるのに、
日本語しか話せないのとおっしゃっていました。


私、常々思っていることがありまして。。。
「多言語」操れるからって
「多言語人間か?」
否!
それは違うと思います。
「多言語人間」の定義にもよるけれど、
私の考える「多言語人間」は
誰にでも開かれた状態にある人のこと。
だからこそ、
どんなことばも自然に操れるようになります。
***
最近講演の最初に
私自身の経験の
その部分を話させてもらうのですが、
つまり、
ちゃんとした英語とか
なまった英語とか
そんなものは存在しなくて・・・
**
その人のことばで
私自身のことばで、
それは時と共に形を変えながら
今の自分のことばって感じだなと思います。
ことばって生きてるから。
昨日の私のことばと
今日の私のことばは
確実にちがうし、
私のことばは「日本語」ってくくりには
もう絶対に入りません。
子どもがこけたら「けんちゃな?」
子どもが変な顔してたら「けっぱっさ?」
食べてるときは「あろいま?」etc…
おいで!っていうときは「Mari mari mari!!」
みたいな感じで話しています。
もうこれらは確実に私のことばで、
そして、「日本語」ではないのです🤣
*****
ちなみに、この手記の続きに
東京大学大学院の酒井教授と
マサチューセッツ工科大学のスザンヌ先生の話が出てきます。
過去に記事をかいたことがあるのでちょっと紹介。
酒井先生の話は


スザンヌ先生の話はこちら


*****
続きです。


我が家もまた
新たな挑戦に向けて動き始めています。
まさに岐路。
自分で考えて
自分で選んで動いています。
これからも、
選択を迫られながら生きていくんだと
それは確信しています。
そのうち、この話もブログに書けたらと思います。
*****
話は戻りますが、
この方の手記に何人もコメントしてたんですが、
一つだけ紹介させてください。
コメントしたのは、
今年の夏、青少年たちと一緒にアメリカにいったグループフェロウの方。
『~前略~
この夏、アメリカでは、ホストパパに、私の英語はもちろん、インド訛りの英語も「Broken English 」って言われました。日本語で、〇〇って言うよって伝えても発音すらしてくれなくて、I don’t knowってなってしまう…。
単言語の息苦しさを感じました。
ヒッポは人類の希望…
ほんとそう』
↓「人類の希望」についての詳細はこちら!

単言語の息苦しさ。
かなりわかります。
1ってすごく狭い。
**
狭いということは
選択肢も少なくて、
思考もそこまで広がらない。。。
「英語」=グローバルとか国際化とかってイメージがあるかもしれませんが、
全然そんなことはないのです。
そんなことで
世界わたっていけるわけじゃない。
「人」とつながれる力
共に生きる力が必要かと。。。
人間だから
合う人も
合わない人もいます。
みんなに好かれろとか
誰とでも仲良くなろとかじゃなくて、
合わない人とでも関わらないといけない場面があります。
そんなときでも道を探っていける、
しんどい局面でこそ笑顔で切り抜けるような
そんな力を
これから巣立っていく子どもたちに
つけてもらいたいと感じています。
そのために
今周りの人間ができることは何か。
環境を整える。
まさに、これです。
これしかできない。
代わりに泣いてあげることも
代わりに何かしてあげることもできないんです。
できるのは、
たくさんの人と
その人たちとのたくさんのことばの中で、
やり取りの中で、
一緒に時間を過ごしながら
じわじわと・・・
気付いたら育ってた!
って感じでしかありえない。
そう考えます。

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