「人間力」②~非認知能力~講演会の感想&理事懇から

今朝はヒッポファミリークラブの

代表理事懇談会がありました。

理事懇では

インドネシア交流の話とか楽しい話の後に

今の世の中の話になりました。

*****

高層マンションに住んでる人の話を、

中学受験のプロ家庭教師の代表がまとめた文章が紹介されました。

要約すると

高層マンション上層階に住んでる子たちは
成績が伸びない!

だそうです。

その代表曰く、

居住空間に対する違和感が半端ないみたいです。

高すぎるがゆえに窓が開けられないので

風がふかない!

足音もしないらしい。。。

感覚が鈍るというか

失われていくんだと思いました。

頭をよぎったのは

ジブリの天空の城ラピュタで

シータが言ってたことば・・・

「土から離れては生きられないのよ」

かつて、

同じことを感じて

町から山奥へ実際に帰って行った人を知っています。

山奥でHippoしてるN!

Nは、ここ(町)で子どもは育てられない!って言って

地元の山奥へ帰っていきました。

そして、

緑の中という最高の場所で子育てを始めて、

初めて気づくんです。。。

今度は「人」が圧倒的に足りてないということに。。。

そのとき、

Hippoに出会うんです。

「自分ごとにする」ことの大切さ のつづき!
初メンバーがフェロウになりました!こんな田舎で多言語の環境をつくっていこう!っていう仲間が増えることの嬉しさ。失敗ってものは存在しない!すべてはできていく過程の一部なんだなって思います。

私もかつて同じ山奥に住んでたので分かりますが、

正直、

天気予報なんて知らなくたって

もうじき雨が降るなーとか

匂いや風、空の状態でわかります。

今住んでるところは

少し町なので昔よりその感覚が鈍ってきた感がありますが、

それでも分かります。

そういう感覚って意外と大事だったんだな。。。

って、

高層ビルの子どもたちを指導している先生の話を聞いていて思いました。

**

そして、

聞けば聞くほど、

育った環境が違い過ぎる😱って思いました。

超余談ですが、

私は、山奥で生まれました。

運動場でも川でも裸足だったし、

小学生の時は、

毎日1年~6年までの縦割り体育の時間があって、

そのチームで 月に一回リトルオリンピックがありました。

一輪車とか竹馬とか

それはそれは いろんな競技があったけど、

校庭の大王松に登ったら1000点!

運動場倒立で一周歩いたら1000点!

とかって競技もあったし🤣

今考えたらありえないなぁって。。。

お昼休みは、

外でいっぱい遊ぶけど

その季節が来たら

枇杷の木に登って枇杷の実食べてたし

裏庭にあるグミの木のグミもおいしかった。

野イチゴもあったなぁ。

そんな生活だったから、

妹や小さい子たちは砂を食べてました。

「あ~あ~~あかんやん」

とか言いながら

口から砂出してあげたりして。

**

そんなふうに過ごした幼少期があるから

自分の子どもに対しても同じで

基本は裸足だし
(なんならすぐ服脱ぐから、せめて服は着てくれ!って感じですが)

手は洗うけど、

そんな消毒消毒なんて生活とは程遠い。

おかげで風邪もひかない。

知恵熱か?みたいなことはあっても

たいてい一晩でおわり。

**

高層マンションでの生活を聞いて

そんな他愛もない

ちょっとした自然の中で生きていたことが

人間にとってすごく大事だったんだなって

思いました。

**

そういえば、10?20年?くらい前だったか?

高層マンションからの子どもの転落事故が多発したころに

「高所平気症」みたいなことばがよく聞かれました。

あれも、

結局は「人間」としての当たり前の住環境から離れすぎたために起こったんだろうなって思いました。

**

ただただ幸せに生きたいだけなのに、

どんどん違う方向に進んでる気がします。

AIの話もそうです。

北欧でどんどん進んでるAIの撤退。

ノルウェーではついに13才以下、AI使用禁止だとか。。。

一方

日本は2024年から段階的に導入されているデジタル教科書。

2030年には正式導入が閣議決定しています。

教科書は、それぞれの学年・教科ごとに

1:紙のみ
2:紙とデジタルのハイブリッド
3:デジタルのみ

の3パターンで作ることが可能となり、

その中から教育委員会など?が採択するそうです、、、

・・・

もうある意味、

人類での実験が北欧で終わり、

圧倒的によくないデータしか出てないのに

突き進んでいます。

何かを悪く言うのは

好きではないので

この辺までにしますが、

考えないと。。。

声を出さないと。。。

データとか鵜呑みにするのが危険なのも知ってますが

自分自身の感覚にも問うてみたらいいのではと思います。

**

ちなみに、私は

AIに関していうと

やはり「考える」という行為をしなくなることに対して

ものすごい危機感を覚えます。

「人間」って本当に省エネだから、

赤ちゃんや子どもたちを

ずっと見てて思いますが、

基本省エネで生きようとしてます。

つまり

、いくらでも「退化」してしまう。。。

「考えなくなったら人間終わりちゃうか。。。」

って言い過ぎじゃないと思います。

ということで、

常に、

「考える」を意識しておきたいと思います。

そのためには

「ことばにする」という方法しかないかなと。

だから、人間なんだな~って思います。

*****

そんなことを思いながら、

懇談会にオンライン参加してたんですが、

その時、

約一年ほど前に書きたくて なぜか書けなかった

「非認知能力」のことを思い出しました。

結局今年の初めに、ブログにはできたのですが。

その話は、こちら↓

Myブーム 「人間力」~非認知能力~
ついに書きました!「非認知能力」ここで育つんです!「人間」なら思考を止めるな。

最近では、

こういう系の話を講演会でもよくしています。

ことばと人間は表裏一体だから

ことばの成長は人間の成長にも通じるので

そこは外せないなと思って話すようになりました。

そしたら、

こないだその講演での話をうけて

ある方からコメントが来ました!

結構長い感想をもらったんだけど、

この非認知能力の部分だけシェアさせていただきます。

きっと自分の肌感覚で、

何か分からないけど

ここでなら大切なものが育つ!

って感じたんだと思います。

その気持ちは分かります。

「ここなら!」って私も思った過去があるんです。

正確に言うと

「私が育児失敗しても
ここならちゃんと育つ」

って、そう思ったんです。

きっと同じ感覚かなと思います。

つまり「人」なんだと思います。

*****

いろんな子ども達見てきましたが、

本が好きで雑学大好き超物知りになる子、います。

そういう時期もあります。

でも、それで上辺だけの「できる」で安心していいのかなと。

きっとこのママさんも同じように思ったから、

ここで、「人」の中で生きようって決断したんじゃないかと思うのです。

だって、

たくさんのことを本とかから吸収して

一見 できてるように見えてるけれど、

自分からの発信では、できてるんだけど、

例えば、

問題として出されたときに

本当に問われてることが理解できるかは

また別の問題かもしれません。

人の世で生きていく以上

人との関わり合いができないと

生きていけないし、

そこを円滑にする力は

やはりあったほうがいいと思います。

いつまでも見守ってあげられないし。。。

本人が何かしら凸凹で

苦手なことがあったとしても、

「人」と一緒に生きていけるなら

助けてもらえると思うんです。

好きなことに集中しすぎて

寝食忘れちゃってても、

好かれてたら、助けてもらえると思うんです。

その「好かれる」って本当に大事だなって。

赤ちゃんの時って

皆から好かれる。

本当に赤ちゃんって

人間として本当に基本で

全部「ある」んだなって改めて思わされます。

*****

ところで、

【非認知能力】って何か?

ざっくり簡単に言うと3つだそうです。

・目標に向かって頑張る力
・人とうまく関わる力
・感情をコントロールする力

*****

これを見たときに、

本当に今この力が失われつつあることがわかります。

最近文科省から出たデータによりますと、

校内の暴力事件は増加の一途。

自殺率然り。

暴力事件に関しては

感情のコントロールがうまくできなかったことが関わってると思いますし、

自殺率の方もそう言えると思います。

そして、両方とも

人と関わるのが難しくて

孤立したり、

分かってもらえなかったり。。。そういう場合もあると思います。

もちろん、

データなんかでひとくくりにできない

要因は複雑で多岐にわたると思います。

目標にむかって頑張る力だって

そりゃ必要ですよね。

これがなかったら

いつも簡単にへこたれちゃう。。。

***

でも、

こういった力が

もう少しでも あったら

きっと人とつながれます。

頼れる仲間が

こころから信頼できる人と

繋がれることになると思います。。。

***

人生いろいろあります。

そんなときに、

すごくしんどいときに

誰か一人でもともに在ってくれるだけで

救われることってあると思います。

そんな「人」に出会えるか

そういう機会を出来得る限り増やしてあげたい。

いつまでも

手をかけてあげられない代わりに

仲間を

「人」を

そして、つながる「ことば」を・・・

そう思います。

あ~

書きながら すごくすとんと来ました。

「習い事」だと、

縁が切れるんです。

塾とか部活とか

その時代ごとに切れちゃう。

切れなくても縁遠くなる。

ここは、

「習い事じゃありません」。

ファミリーだから。

日常を共にするファミリーだから。

*****
*****

最近ふと思うのが、

周りの同調圧力にまけやすい

というか

そういうのに敏感なのが日本人かなと。

これって

いい時代にはよかったことかもだけど

自分の中で感じてる違和感に

反応できなくなるかもしれない。。。

そういう場合は

人と違うことでも

自分がしっかり考えたうえで

そう信じるなら

ちゃんとことばにして伝えたほうがいいなって・・・

そう思ったから

今日は一歩踏み込んで

普段は書かない領域の話を書いてみました🤣

*****
*****

もちろん

高いところに住んでる人みんながみんな

そういうわけではないと思います。

もちろんデータを全部鵜呑みにはしたくないです。

ただし、

そう感じている人が一人いるということは

複数いるはずです。

実際、

コンクリートを見ると集中力が下がるけど

緑を見た後は集中力がUPするというデータも

あるとか。

人間が人間として生きられる場所について

考えさせられる日々です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました