今朝、とても長い決意文をもらいました。
ここまではっきり言うのは勇気がいったと思います。
そう、Nちゃんの宣言!
Nちゃん、ファミリーをひらく決意をしたそうです。
しかも、
とてつもなく心に刺さる文章になっています。
ここまで考えてフェロウになろうっていう人はいない気がします。
やりたい!って思って即実行するのもすごいけど、
ここまで、自分と向き合って
ことばにしてから「やります!」っていうのは、
かなり違う気がします。
すごい。。。
それしか言えない😂
自分の語彙力のなさよ。。。
それでは、そのNちゃんの文章を紹介したいと思います。
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Historia de フェロウやります !
Hola! Soy Nちゃん.
フェロウしよう!ってようやく気持ちが固まりました。
2023年12月の新人フェロウpresentsの東日本WSで
「息子が24YLを決めたから、私もフェロウどうしようかなって考え始めました」
と言ってから、1年5ヶ月も経ってしまいました。
その間も、いろいろな方から
「もうファミリー立ち上がったの?」とか、
「今どんな状況?進んでる?」
等のお声かけをいただきましたが、
何の動きもせず時間が過ぎて行くだけで、気に掛けてくださる方に申し訳ない気持ちでした。
初めて「フェロウやったら?」と言われたのは、コロナ禍の2020年夏頃だったと思います。
その頃、全国がZOOMファミリーになりたくさんのファミリーに参加させていただきました。参加させてくださったフェロウの皆さん、ありがとうございました!
その内の一人、Aちゃんに初めて言われたんです。正確には「フェロウやりな!」だったかな…
今まで考えたこともないし、言われたこともなかったので、
私としては「え?私がフェロウするの?それはないわ~」って感じでした。
その後も、色んな方から声を掛けていただきましたが、面倒くさがりだし、人の面倒見るとか苦手だし、人見知りだし、ナンピョン(旦那さん)の許可得るのはもっと面倒…と思っていました。
今思えば、2023年年末に気持ちが動ききらなかった要因は、ナンピョンに許可とるのが面倒、そこまでしてフェロウしなくていいか~と思っていました。
2023年年末から、立ち上げに向けてという目に見える形では何もしてなかったけれど、頭の中では
「フェロウやりたいのか?今のまま、メンバーでいるのがいいのか?」
を考えてはいました。
ヒッポ以外の人にヒッポを伝えるときに
「ヒッポで多言語をする意味ってなんだろう?」
ということも考えていました。それは、考えて見つかるものでもない、ヒッポはやりながら見つけていくんだと思ったので、頭の片隅に置きながらヒッポの活動を続けていました。
そしたら私なりの「ヒッポで多言語をする意味」が見つかりました。
日々のヒッポの活動の中で、久々にbebe体験をしたことから見つけたんです。
スペイン語のじじ話の中にある
「ヌンカびあびすと〜 」に関してです。
うたうたびに、「ヌンカって何だろう?」って引っかかっていました。
音源「イチローの持ち寄り」の場面をうたってた時に、同じく
「ヌンカびあびすと〜 」
が聞こえてきて、わかったかも!と思いました。
私の中には日本語で意味が入っているのですが、
何故かその時は「初めて見たのか〜」と意味が勝手に変換されていました。
場面の状況から、
「初めて見た」でも間違いではないのですが、
初めてはプリメラベスとも言うし…
ヌンカでも通じるのかな?とスッキリしないまま
ZOOMで参加したファミリーでこの事を話しました。
すると、
そのファミリーのフェロウのCちゃんから
「(音源の)かの子の手紙の「忘れることはないでしょう」ってところで言ってるよね!」
と言われ、私の頭の中は?でいっぱいになりました。
ここではプリメラベスは使えないと思ったからです。
ファミリーの後、
かの子の手紙の場面をうたうとヌンカの意味が明確になってきました。
「初めてした」じゃなくて「やった事ない」方の意味だったんだ!
この体験をして、
子どもたちが日本語を獲得していく過程と似てるなと思いました。
子どもが新しいことばを使った時に、周りの大人たちは、
「このことばの意味を見つけたんだね」
と思うけれど、別の日に同じことばを使ってるのを聞いて、
「あれ?やっぱり意味が分かってなかった?まだ、揺らいでる?」
と受け止める、そんな感覚だと思いました。
もし私がスペイン語圏に行って、
初めてしたことを話したくてヌンカを使うと、
正しく使えてるヌンカに対してはスルーされるけど、
そうでない場面でヌンカを使うときっと怪訝な顔をされるでしょう。
その時ようやく私は間違いに気づいて、
周りの人が話すヌンカをたくさん聞いて、
ヌンカの意味を見つけ使えるようになるのだと思います。
こうやって、YL生は現地のことばを自然習得していくのだと気づきました。
長くなりましたが、
話を最初に戻したいと思います。
この一連のヌンカの意味を見つけた体験から私が見つけた事です。
ヒッポでは教わる事なく、べべのように揺らぎながら、自分で意味を見つけていきます。
「Aのような意味かな〜?」
と投げかけると、
「ここにもあるよ!」
とヒントをもらえたりします。
その瞬間、「自分が思ってた意味と違うかも?」と考え始めます。
また、投げかけられた音に寄り添い始めます。
こういう体験を繰り返す内に、
自分が思っていたものと違うものを受け止めることが楽にできるように変わっていきます。
それに加えて、ファミリーで多世代、多くの人と活動することで、
自分の価値観と異なる人、異なる文化に触れ、多様性を受け止められるようになっていきます。
これが私の見つけた「ヒッポで多言語をする意味」です。
アドル(息子)がYLに出発してから、関東のファミリー、中部のファミリー、富士山合宿、スザンヌちゃんWS in 広島 y オリセン、雪学に参加しました。
一人で動いてファミリー行脚して、たくさんのメンバーにリアルで会える喜びから、
自由に動けるメンバーのままでいいかも、と思ったこともあり、気持ちは揺れていました。
初めて参加した雪学で見つけたのは、
雪学が「多言語」雪の学校だったこと、
ヒッポが全部あったことでした。
同時に、
私には多言語の体験と
人に向かう体験が少ないということにも気づきました。
韓国の子にも簡単な韓国語がとっさに出てこない、太湖(中国)の子にも対しても同じ…
スザンヌちゃんWSでhappenの話題も出たけど、
私にはhappenした経験がありません。
どんなに家の中がS多重P(音源のスピーカーを沢山置くことの造語)になっても、
その効果を何も実感できないでいます。
「受け入れしたい」とメンバーでないナンピョン(旦那さん)に言うと
「知らない人は泊めたくない」
と断られたことから、
ヒッポ11年目にして、未だ受け入れも交流経験もゼロ。
もっともっと体験したい!と思いました。
5月の新人フェロウの会の準備会に入った時に、司会のKから
「Nちゃんがフェロウをしない理由は何?」
と聞かれ、
「ナンピョン問題かな~」
と答えたところ、同じく司会のJから
「逆に、Nちゃんがフェロウしたいと思う理由は?」
と聞かれました。
今まであまり聞かれたことのない質問に戸惑いながらも少し考えて出た答えは、
「フェロウになると見える世界が違うってみんな言うけど、その世界を見てみたいかな…」
でした。
2023年に地域のフェロウと話したときもこの話はしていたので、
今でもその気持ちがあるのだと、
ことばにしてみて気づきました。
5月12日の東日本WSでLが、台湾交流から帰ってきた子どもたちの変化をシェアしてくれました。
「自分たちはスゴイ変化をして帰ってきた」
「知らない子とも喋れるようになった」
と自信を持って帰ってきた子どもたちを見て、
そんなに準備をしていたわけではないのに何でかな?と考えたら、
子どもたちは毎週ファミリーに参加して、一緒にSADAしてメタ活して、一緒に輪になってた。
それ自体が準備になってたんだと気づいた、という話しでした。
同じ日の夜、
あるファミリーでFちゃんのトルコ交流報告を聞きました。
Fちゃんは
「私は全然準備していかなかったことを反省してるの~」
と言っていたけど、
普段のFちゃんの行動を聞いていても、
電車に乗って一駅の間に海外の人に声を掛けて連絡先を交換してしまうくらいなのだから、
人と交流するのにFちゃんに準備不足ということは無いと思いました。
Lの話とも重なり、
Fちゃんが長年ファミリーを開いていること自体が交流準備になっていたのだと思いました。
最近たまたま「10年後の自分がどうなっていたいか」を考える機会がありました。
ヒッポは続けていたいけど、
どんな風になっていたいかをイメージしたときに、
頭に浮かんだのは「ファミリーを開いていたい」でした。
雪学から?それよりもっと前からかもしれないけれど、
色んなことが重なったことで
私が雪学から帰ってから気づいた「体験の少なさ」をカバーする一番の方法は、
ファミリーを開くことしかない!でした。
正直今までは、
フェロウ宣言した人(フェロウになってファミリーをしますと言った人)たちがどんどんファミリーを立ち上げていく姿に、
どこか焦りに似たものを感じていました。
2年以上も新規入会がないこの場所で本当に立ち上げられるのか?と
やらない理由ばかり探していました。
でも、自分が「やるんだ!」と決めた今は、
他人と比べて焦ったりすることなく、
立ち上げに向けて進んでいけると思っています。
2025/05/25
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中身に突っ込むところは一切なく、
ただただ、ついに宣言として声に出せたこと、
こうして、ことばにできたことに
拍手です!!👏
Bagus!!!
ただ、驚くべきは、
これを書いたのは5月ということ!!
初心を忘れないために書いてはいたけれど、
書いてから約3カ月眠っていた文章ですが、
是非Nちゃんの思いを、
そこに至るまでの葛藤も知ってほしいと思います!
みんな一人一人
いろんな思いや現状の中で
自分を見つけながら生きてるんだなって思います。

