先日の手記からの、シェア会。


それからの反応の続きです。
【反響その1↓】

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【反響その2↓】
同じく、あのシェア会に出てくれてた方からもらったことばです。
『Haru、オラ〜!
今日はシェア会でありがとう!!
さっき上手く言えなかったけど、
言いたかったことが何となく見えてきた!
私は、大きいくくりの地域では、
Haruと同じ地域にいながらも
どこか遠く
「すごい飛び抜けた、自分には真似できない違う人」って見えてたし、
山奥の合宿に参加させてもらってたけど、
なんか少し距離を感じていた。
Haruのライングループにも入らせてもらってるけど、
「Haru主催の会」を覗かせてもらっている感覚で、
顔出しして感想言うってのが、
「私が話さなくてもいいかな」って心のどこか潜在的にあったし、
「そんなに深い仲じゃないから、私のこともお呼びじゃないだろう」って感じていた。
(文字にするとすごい稚拙な感じだけど🤣)
たぶん他人事ってことだったんだと思う。
でも、同じ合宿に参加したKKとか、YRとか
Haruの会で、見るからに距離が近くて、
のびのびと話してて、この違いってなんだろう?ってなんとなく思ってた。
でも、今日のみんなの話を聞きながら、
たぶんここで話ができる人って、
「自分ごとになっている」人で、
それを決めているのは”自分”なんだろうなって思った。
Haruのことばを借りると、
線を引いていたのは、自分だったんだなって気づいたよ〜!
話したければ話せばいいし、
話したくなければ話さなくていいと思うんだけど、
それでも、
感じたことは恐れず声に出していきたいなと思いました😊
ここは、そういうのを受け止めてくれる言語場だよなって。
一人ひとりの声が誰かの環境になるって。
それは自分の声もそうだよな。
と思えました。
呼んでくれてGracias〜!』
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⭐線を引いてたのは自分
確かに、その話しました。
なぜか、人間は線を引きたがる生き物のように感じます。
それで安心するんだろうか。。。
なんだろう。
知らない間に「線」だらけ。
私も経験があって、
なんか一線ひかれてる気がしてたけど、
そうじゃなくてって時がありました。
他にも、
インドでの買い物で、
枕カバーを買った話。。。
以前したかもですが、
「ピローカバー」が欲しいってちゃんと伝えてるのに
伝わらなくて。。
最終的に通じたときに言われたのが
「ピロルカバル」
何その「ル!」って思ったし、
ついでに、
「日本人は英語が下手だから困る」
そういうことをぼそっと言ってるのがわかってしまって・・・
(悪口は全世界共通語で必ず通じるので言わない方がいいです🤣)
その時に心底思ったのが
「あんたの変な英語が悪いんだろ」
って思ったんですね。
売られた喧嘩的な気持ちだったのかもだけど
そこには
「きれいな英語」
「なまった英語」
みたいな変な「線」があったんだと思います。
この話をここ数年前くらいに話してて。。。
そのときふと、
自分の中にあった「線」に気付きました。
つまり、
ちゃんとした英語と
へんな英語
みたいな感じです。
そこに「線」があった。。。
一方、
子どもたちは「線」すらありません。

「外国」を「がい国」と思うほどには
日本とそれ以外を分けてもないし、
そもそも「外国」という概念すらない。

これはすごいことなんだなと
最近じわじわ思います。
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あと、仲良く見える件について。
見た感じ
距離が近いとか遠いとか、
そう感じてたってのは、
どこから来るのかな~と思って考えてみました。
多分、
腹割って話した経験があるかどうかだろうなと。
リアルでもLINEの文字ででも、
私と関係が近く見える人は
私に想いをさらけ出してくれた人だなと思います。
もちろん、私もさらけ出して話していますが、
悩みとかしんどいこと以外にも、
どうしたらいいか分からないモヤモヤとか
そういうことをさらけ出してくれた人が
存在として、近く見えるんじゃないかなって思いました!
つまり、
話すってすごいなって思います。
話すことで
距離感が変わる!
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そして、
ことばを
くれるって
もらえるってすごい。
本当にどうでもよかったら
ことばなんて送ってこないだろうし。。。
だから、
LINEとか連絡くれた人には
必ず全力で応えます。
一日にたった24時間しかない時間を
自分に向けてくれた人には
それがどんな理由であれ
感謝しかないですね。
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