じわじわと、自分で動ける範囲が広がっている二男。
そういえば、9歳になった冬に一人で東北をめぐり、

去年は、その帰巣本能に驚かされ、

この春、今から3カ月ほど前には
長男と二人で関東へ夜行バスで出かけてHippoしてきました。

じわじわと自分から積極的にHippoに関わる時間が増えることで
夕方にしてる多言語をうたう時間の参加態度も変化してきました。
何となく「多言語」で話す時間が増加中!

三男が中国に行く前には
その準備に協力してくれて
そのおかげで、
どれだけ理解して中国に行ったかも分かりました。
去年は分からなかったことが
こうして後に話すことで
ことばになっていく様も見せてもらいました!

感覚としても
とても自然に育っていて
それをことばにすることもできるようになってきています。
生きるのに とても大切な部分はしっかりと育っているなと思います。

そんな二男。
実は先日の三男の太湖出発の日、
一緒に中部で夜のファミリーに出て
その後、泊まらせてもらいました。
翌朝、
私は渋谷のHippo本部に二女と二人で向かったんですが、
二男は そのまま中部に残って、追加で3泊ほどさせてもらいました。
↓その時の、私の話はこちら。

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その間、
ファミリーやレゴランド、科学館などなど。。。
かなりいろいろ行かせてもらったようでして。。。
本当に感謝しかない。。。
そういうやり取りの全てが
彼自身と受け入れてくれたホストファミリーとの間で行われていて、
私にはもう
何があったかを把握することすら
まともにはできなくなってきています。
でも、みんな「こんなだったよ~」って
後から教えてくれたり、
写真を送ったりしてくれて。。。
本当に、家族がいたるところに増えていく・・・
その感じがすごいです。
今までは、
「Haruの二男」だったのが、
人によっては「二男の母のHaruですか?」と
声をかけられるようになっていく時代に
もうとっくに突入しています。
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最近すごく感じているのが
二男の人に対する動きの俊敏さ。
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以前も書きましたが、
鬼ごっこをしている時ですら
その、相手の欲してる態度・行動を瞬時に行っているんです。
全力で相手をしてほしいのか
手加減してほしいのか
ふざけてほしいのか
手加減してほしくないけど二男に勝ちたいって思ってるのか。。。
そういう子には、
本当に上手に
負けてあげたりして。
その辺の匙加減と
動きのうまさが、
相手の気持ちを和らげてるようにも思うし、
二男自身を好きになってくれてる人を増やしているようにも思います。
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その「人」への「対応力」が、
その人の「ことばに対する動き」そのものだなと最近感じています。
その人のことばに
その人のことばで返すのがうまいから
その人のこころに入り込めたり、近づけたりすると思うのですが、
この行動ができるということは
そういうことばを使ってるからなんだろうなって。
その人のことばで寄り添えてるから
そういう行動になるんだろうと思いました。
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そして、
その行動のベースは
たくさんの人に逢うことで
より磨かれていってるんだろうと思うのです。
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これって
いずれ大人になったときに
相手のしてほしいことが
瞬時にわかるので、
ある種、特殊能力的に
物事(仕事とかも)をスムーズに成し遂げていける人間になっていく気がします。
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特に今の世の中は
生活の全てが、決まった箱に入っているような状態だから、
自分の責任で行動する時間が減っています。
幼いころに持ち合わせていた「想像力」や「創造力」も
知らない間に削られ、潰され、
「同じ」を求められて育っていきます。
そうして気付かない間に
守られていた(画一的になってしまった)時期を経て、
つまり学生の時期を終えて、
「社会人」になった時
「人と同じような企画書もってくんな」と怒られ
動揺する。。。
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多分ですが、
ここで、この段階で初めて
利害関係で言うと
逆とか同等の人に接することになるので
その人の「ことば」自体がきつく感じるのかもしれないなと
それで、こころ折れてしまうんだろうなと思いました。
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ことばにするのは難しいから
どこまで伝わってるか分かりませんが
学生までの間は
こちらがお金を払ってサービスを受ける立場みたいな現状に
成り下がっていると思うのです。
つまり、きつく言われない。
でも、
社会に出れば、
サービスを届ける側の一員に組み込まれるから
周りの人間が丁寧に扱うのは一斉に「お客様」になってしまう。
自分はその一番下っ端で仕える側みたいなところに属すことになる。
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この二つしかない環境で育てば、
そりゃ、難しいよねって思います。
最近の子は。。。って言うことばをよく聞くけれど、
そういう世の中になってるから・・・
それって、この子達のせいではないと思うのです。
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ちなみに、
「最近の若者は。。。」みたいな文章は
平安だか鎌倉だか。。。
とにかくかなり前の文章に書かれてたのを読んだことがあります。
歎異抄だったかな。。。
でも、古代ギリシャやエジプトのころから
そんなことばはあったようで、
つまり何が言いたいかと言えば、
結局そういうことを言う人も現状も
世の常だということ。
それなら、
そうならないように
環境をセットしてあげればいい。
サービス業の中に組み込まれていない関係の人と
たくさん出会わせてあげればいい。
その「対等」の「人」と「人」との関係でしか育たないものを
見つけられる機会を、時間を、
用意してあげればいいと思うのです。
親子関係では厳しい。。。
親のことばは届かないけど
親の想いは 誰しもベースは一緒だから
そういう同じような想いを持つ人に出会わせてあげれば
確実に身についていくなぁと思います。
そして、
そんな人たちの中で過ごすことができるのが
やっぱりファミリーだと思うのです。
実はとても多業種の人の集まりでもあるファミリー。
いずれ社会に出る子どもたちにとっては、
そういう意味でも
ファミリーにいることだけで、
ものすごく価値のある時間になるように思います。
そんな仕事があるんだって何かの折に気付けるかもしれないし
子どもが気付かなくても
親の意識の選択肢が広がる。
自分にはない世界が広がるって
ことばだけでなく
生きる場所そのものの世界が広がることにもつながります。
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話はもどりますが、
そんなわけで、
機会さえあれば
私(母)と一緒に過ごさない時間を!!
と思って生きています。
今回のHippoの旅でも
そういう意味では同じことが起こりました。
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講演会最終日
ワークショップの後に、
「ここに残りたい。もう一泊したい。」
と言われ、
私の予定的には
翌朝に関東を出れればOKだったので、
「泊まらせてもらえる場所があるならどうぞ」
と言った感じでした。
そしたら、
仲良くなった家族(パパさん)のOKをもらいに行ってたので、
続いて私も確認させてもらって、
もう一泊することが決まりました。
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線引きは難しいけど、
この「わがまま」ではない「積極的」な部分を潰さずに、
冒険してもらうのが理想かなと。

↑この中にある話の続きになりますが、
自分で決めて、
自分で行動(延泊)したからこそ、
「ちゃんと品川に朝10時に来てね。」の約束に効き目があるというか。。。
そのために精一杯自分で頑張って
品川に10時につく努力ができた。
予定とは違う電車に乗ることになって
きっと一瞬「池袋乗り換え」に脳を切り替えるときに
不安になったと思います。
でも、
できた!
数分ずれたけれど、
ちゃんと大都会で
一人で乗り換えて品川に到着しました。
工事中で分けわからない構内を歩き回って
中央改札を見つけて到着しました!
ほんまに、えらい!
確実に、育っていると確信しています。
本当にみんなのおかげ!
これだけの人に見守られながら生きれるって
本当に幸せなことだと
いつもひしひし感じています!
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過去の記事探したんだけど、、、
見つかりませんが、
「冒険」って
何も異国に行かなくても
親のいない時間も
その子にとったら十分
冒険だ!
と思います。

コメント
さかっちゃんが「言葉を大切にすることは、その言葉を話す人を大切にすること」と言っていたけど、二男くんは、日本語英語韓国語…というくくりではなく、○○さんの言葉として向き合ってるように思いました。口から出てくる音だけでなく、表情、体の動き全部を『言葉』として見てるんだなぁ~。muy bien!!!
表情や動きを全部ことばとして捉えてるのは、実感してたけど、
まさに、それですね!
こうやって、ことばと照らし合わせてくれると、
無意識で感じてたことを、実感し直せるので、すごく感激します!
「そのことばを話す人を大切にする」って、そういうことで、
それができてるんだね!
改めて、すごい!って思えます!