褒めるより「認める」&ことばにしていこ~

子育て
久々にみんなで公園🤣

コロナ禍から続けているZoomの会がいくつかあるんですが、

その中でも定期的にずっとしているのが、

「子育て定期便」🤣

元々、Hippo別の方のお昼の帯番組に

定期的に出させてもらっていたもので、

その方がやめてからも 勝手に続けてやってました。

最初の頃は2か月に1回。

途中から月に1回になって、

最近は「月末=定期便」って感じになってきました。

ずっと付き合ってくれている利き手の方がいてこそなんだけど、

本当に地味に地味に続けています。

でも、だからこそ見えるものもあって、

最初は子どものことばかりだったのが、

自分のことばへの向き合い方とか、

自分自身の変化も見えるようになってきました。

こんな年でも成長ってできるもので、

まさに継続は力なり。

もちろん

一人だったらこんなことできなかったです。

聞いてくれる人がいて

共感してくれる人がいて、

コメントまでくれる人がいて。。。

そんな温かい環境があるから

人間って育つんだなって思います。

***

はっきり言って、

何か聞いて自分の中でその感情をおさめることもできるのに、

わざわざ時間を割いて

ことばにして

伝えてくれる人が

必ずいるんです。

アウトプットって結構 馬力のいる作業。

それを必ず誰かが何かしらの形で私にしてくれるんです。

本当に有難い話だと思います。

*****
*****

で、今月末も「定期便見たよ~!」ってメッセージが届きました!

『途中からだけど
今日の子育て定期便見ましたよ~😊

子ども達はみんなあっぱれ✨なんだけど
5人いることでかえって個々に目が向くというか
みんなHaru とL(旦那さん)の子だけどそれぞれに違うよね~👀というのが際立つ気がしました

よく「うちの子は…」「うちは…」なんてセリフを聞くけど
『うちの子』で括れない多様な個人だよねと思いました

抽象的だけど😅
長男君と二男君だけだと『元気有り余ってる子達』
でも三男君も入ると
『物事ゆっくり取り組む子』もいて
長女ちゃん二男ちゃんは
『ザ・女子!』な面があったり…
多言語に浸りまくってるとか
自分以外の人に壁がないとか
もちろん共通事項もたくさんあるんだけど
同じ2人の人達から
こんなにそれぞれに特徴を持った子達が生まれてくるんだ👀
…というのがめちゃめちゃ面白いというか興味深いというか
またまた先が楽しみだなと思いました😊

…と思うと
我が家はサンプル数2だけど
勝手に括らないで
それぞれの『人』を見ていくと面白いことが実は沢山あるのかも👀
とか
そこも楽しみになりました

そして
オープントラカレの準備についても
とても興味深かった

話をしてくれる人がどんな人か分かっていた方が
話してくれる内容を理解出来ると思う
…には共感

だからみんなの『やってみたい』はやってみたらいい
ただ『楽しかった』『面白かった』だけじゃなくて、見つけてくるものがある
もしそれていってしまったとしても、誰かが戻すでしょう?

というのも
ホントにね
と思いました
Yが隙あらば息子のH巻き込んで輪読してたり
小3女子Kの思いもかけない言葉だったり
それを見守りながら自分も楽しんでる母のVがいたり
Rも山の向こうだけど いつもいるし
その息子のMも何だかんだ輪読したり

みんな自分事なんだよね
そして楽しそう😊

Haru が巻き込むのが上手なのか
周りのみんな面白いポイントを見つけ上手なのか
全然やらされ感なく自分から進んでいくのもスゴいな~👀
といつも見ている

Haru は外のことは気にせず
見て感じてることを信じていいんだと思う

実は私(今年ファミリー立ち上げ予定)
ファミリー名は決めてて・・・
さかっちゃんが見ていた世界、目指していたところを大事にしていきたいと思うから。。。
でも、今日の話を聞いていて
「信じる」
ということも大事なんだと思った』

こんなラブレターもらったら、

胸いっぱいです。

で、返信に正直に書きました。

『「定期便」ってね、
何度もこころの中で揺れてた。
だって一歩間違ったら、ただの我が子の自慢大会になるし…
もちろん、そんなつもりではやってないけど。
でも、受け取り次第ではかなり難しいことになるから。
うちのことばが未熟なほど、そうなる。
でも、やらん以上、伝わるものも伝わらなくてさ。。。
だから、こういうことばは、泣くほどうれしいです。』

そしたら、又超長文返事を下さいまして

『自慢大会にならないように
細心の注意を払ってるのは重々承知してます

Haru が『母』という立ち位置を離れて
それぞれの子達を『ひとりの人』として見てるから
自慢とはちょっと違う語りになってるんじゃないかな~👀
…と私は思ってます

正直なところ
すごいな~👀
いいな~👀
と思うこともあるけど
そこにたどり着くまでに
Haru が相当な労力をかけていることも何となくは知っているので
必死な先にしか成果はないというか
簡単に得ているものではないと感じている』

そんなにも受け取ってもらえてるのねー!

って超嬉しかったです。

そう。確かに、我が子を「一個人」としてみることで

かなり「尊敬」の対象になってるし、

今では そうしか見れないというか。。。

よく「子育て」で聞く話で

「ほめる育児」ってのがあるのですが、

実は私は あまりそれが好きではないです。

確かにほめるときあります。

でも、「ほめる」って何かちがうんだよなぁ。。。

なんだろう。。。違和感・・・

って思ってたら最近分かりました。

「ほめる」って「対等じゃない」んだわ・・・って。

なんか妙に上からなんだなって。

上下関係が存在する中に「ほめる」ってある気がして

だから、あんまり好きじゃないなぁって思ってたんだな~って思いました。

もちろん

ほめることもいっぱいあるんです。

でも、私の場合

そのベースにあるのは

親子の上下関係?ではなく

一人の人間として「尊敬」してる上でのことばになってくるなって。。。

で、

返信ですが、これまた正直に答えてしまいました🤣

『ありがとう。すごくうれしいのと同時に、マジ話ね、本気やねん。
もともと人間育てる?関わる?の好きなんやとは思うの。
小学生の時からお父さんみたいな教師になりたくて、どっか行くたびに、例えば「これはいつか教材に使える」とか思って阿蘇山の土(灰)をもってかえったりしてた。笑
だから、今の自分になんら不思議な点はないんだけど、それの立ち位置がHippoに入ってぐっと変わったとは思ってて、
つまり、教えるではなくて。。。一緒に見つける?みたいな感じかな。。。
で、
ものすごいいろんなことを言われながらもべべフィーにこだわってがんばってたのは事実で、
自分の趣味でいくならキキマン(記紀万葉の略)とか易に流れるはずやったんやよなぁとは思ってる。
もちろん、いやいややってないし、好きでベベフィーしてるけど🤣
でも、こんな風にことばにするのって
本当に難しかった!
自分にないものを得るってすごい大変。
今も得てるつもりはないけれど、前よりことばになりやすくなってると思うし、そういう意味では逃げずにやってきてよかったって思ってる。何年も何年もことばに、べべのふるまいの事象に立ち向かった結果であって、「すごい」で終わらせてほしくはないし、実は何もすごくない。
あえて言えば、ひつこかっただけ。笑』

その返事が

『阿蘇山の土はスゴいな👀

べべフィーは参加するのは楽しいけど
自分がやるとなるとどうしたらいいか分からん😅
なんもないし~💧
とつい思ってしまう😅
だから参加するところからしてみてるけど

お父さんみたいになりたい
ってのもスゴいな~
自分がいかにぼーっと過ごしていたかが…

人は面白いよね😊
私は社会人成り立ての頃は
一日中パソコンに向かう仕事で(もちろん他の人とのやり取りはあるけど)
毎月知恵熱出してた😅
機械はあかんわ
人やわ 私は
と思ったな~

言葉にしていくのは
得意な人も要るかもしれないけど
訓練というか
やっぱ数こなすことが効いてくると思う
私もやっていこう』

とのことでした。

「人やわ」ってところにひどく共感!

私も結局はそこで、

その「人」こそが ここの最大の魅力だと思います。

そして、

更に思うのが、

ここの環境の「人」は、他とはぐっと違うんだよなとも思います。

まず、「自分から自分ごととして動ける人」が多いんだと思います。

そして、「待てる人」なんです。

「受けとめてくれる人」なんです。

そこが、明らかに違うなぁって思うのです。

だから、

自分のことばにならないことばを

つむぎながら 話すことができる。

どんなことばでも受け止めてくれるってわかってるから話せるんです。

それは、言語にかかわらずです。

だからこそ、話せるようになるんだろうなって思います。

日本語だけでなく何語でも 伸びるのは

まずとの場があるからだなと。

そして、

ことばにするって

本当に難しいのです。

だから、やっぱり常に想いをことばにしていくこと。

これが大事だなと思います。

分からないなら「わからない」といい

何が、どう、どうしてわからないか。。。

そこを自分自身で掘り起こしたら

また見える世界が変わるんだろうなって思います。

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