久々のウズベクネタ・・・
書かないと忘れる・・・
けど日々書くことが多い。。。
ということで、急ですが、
2018年8月末の話!
Pahlavan Mahmoud Mausoleumに行きました!
パフラヴァーン・マフムード ミュージアム。
つまり、パフラヴァーン・マフムードという人のお墓です。
ちなみに、この建物の簡単な説明は、下の方に書いときました。
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入るときは靴を脱ぎます。
中はとてもきれいで 静か。
荘厳ということばが ぴったり!
3Boysと入るのは気が引けるほどですが
子ども好きのウズベクの人に怒られることはありませんでした。
子どもたちも ちゃんと空気を読んで
そこまでうるさくはなかったかも・・・しれない。
ずっとベビカーかだっこで移動の三男も
ここぞとばかりにハイハイで逃亡!
動画綺麗には撮れてませんが、
雰囲気は伝わると思うので。
内部は結構広くて
声もすごく響きました。
だからか、途中から三男がそわそわ。。。
めっちゃ声だしてて
何か感じてたのかな?↓↓↓
三男が騒ぎ出した場所は
パフラヴァン・マフムードの葬儀室の前。
中は立ち入り禁止ですが、
マフムードの詩が戸口の上に置かれていました。
ここで一番騒いでた三男。。。
そして、
長男はお祈りをささげていたおばちゃんが気になって仕方がないようでした。
結構ずっと見てました。
特に言葉はなかったけど、
何かしら長男も二男も感じてたんだと思います。
この後、中庭にあった井戸を見学。
かつてのモスクの中にあったそうで
水がきれいなことで有名だとか。

敷地の外には
いくつかお墓もあったけど、
特に中でみた廟のようなものではなく
土をもったむき出しの感じのお墓でした。
ここに寄り沿いたかった人達かな。。。
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ちなみに、彼、パフラヴァン・マフムードは
1247 年から 1326 年まで生きたイランの詩人でレスラーだったそうです。
イラン騎士道(ジャヴァンマルディ)の模範として称賛され、文学的および運動的功績で高く評価されました。彼は宗教的に有名な人ではなかったそうですが、
彼の墓はコイ(イラン)とヒヴァ(ウズベキスタン)の両方で人気の巡礼地となり
1810年、クングラット朝の第2代統治者ムハンマド・ラヒム1世(在位1806年~1825年)は、
事実上マフムードをハン国の守護聖人として採用、彼の墓の美化に着手したようです。
ヒヴァで唯一のティムール様式の青いドームを上にのせた広々としたドーム型の部屋で、
カンカ(イスラム教の神秘主義者が崇拝と祈りのために使用した建物)として使用されていました。