子どもにはこう育ってほしい +「多言語」

多言語

子どもには こうなってほしい! っていう想いは、

どの親も なんとなくだったとしても 

イメージがあるんじゃないかと思います。

私は自分が育ったところの大木がイメージ。

こんな幹の太い、根がしっかり張って

風が吹いてもポキっと折れない 

がっしりした人になってほしいなって思っていました。

でも、

実際はそういう想いがあるがゆえに 

ガミガミ言っちゃって、

どんどん縮こまっていく長男・・・

そんな状況を目の前にして、

はっ( ゚Д゚)!としたんです。

一人で育てちゃだめだって。。。

仮にすごく素晴らしい母親がいたとしても、

素晴らしい父親がいたとしても。。。

所詮「一つ」の考え方でしかなくて。。。

こんな考え方もできるよ。こんな風にも考えられるね。

などなど。。。

言った所で、出どころは一つの口です。

だから、

「1」より「多」

たくさんの人の中で育てないと。。。

って思いました。

そんな時にこの活動に出会いました。

色々思うところはあったけれど

あの時飛び込んでよかった!

英断だったと今では確信しています。

*****

今日は家から二時間ほど離れた場所で講演会に呼ばれていたので行ってきました。

我が家の持ち時間は「1時間!」

それをどう料理してもいいといわれていたので、

3人の兄貴sにマイクを持ってもらいました。

ここで育ってきた子どもたち!

今日の講演会では普段通りの力を発揮してくれました。

いつも思うんですが、

普段やってるからできる。

逆にいうと、普段からしてないことはできません。

装うことが仮にうまく成功したとしても、

きっと何年かしたら忘れていると思います。

勉強の一夜漬けと同じです。( *´艸`)

今日の我が家の兄貴sは、確実にいつもの自分たちでした。

まずは 三男が

フランス語で自己紹介をした後に

先日のマレーシアからの受け入れの報告をしました。

写真を出すだけで、並べるだけで

あふれだすことば!

英語だったり日本語だったり、自由に操っていました。

彼の今の100%。

次に 二男が

マレーシア語で自己紹介をした後、

イタリア語を少しうたってから

去年一人で行った 国内ホームステイの報告をしました。

二人ともあふれるままに

言語にとらわれず

自分が伝えたいように

使いたいことばをつかって話していたのが印象的でした。

最後に 長男が

ロシア語で自己紹介をした後、

英語の量子力学の冒険のはじめの部分をうたってから

今まで参加した国内交流の雪学と無人島について軽く紹介しました。

その後、

自作のクイズをしたんです。

これがまた面白かったんです!

実は先日のイスラムのイベントに参加した際、

QRコードを読み取ってネット上から

その時実際に参加するタイプのクイズをしたんです。

Kahoot!と言います。

正確で且つ早く回答した人がポイントが高くなる仕組みのクイズで、

すごく盛り上がりました。

それを今回自分で作ったんです。

前回の自分たちがした講演会の後、

次は司会任すよって話をしたときに、

わかった!って答えて以降

何かクイズとかもしたいな~って思いはあったそうなんです。

それが、色々なタイミングなどが重なり、

今回のクイズづくりにつながりました。

どんな中身のクイズになったかというと

前回、自分たちがした講演会でGetした情報です。

先日の講演会にて

少し紹介すると

世界の国の数や、言語数、多言語の国がどれだけあるかといった内容のクイズでした。

ちょっと携帯がうまく動かなかった方もいてるようでしたが、

みんな大盛り上がりでクイズTimeが終了しました。

すごく喜んでもらえて嬉しかったです!

作った長男も、すごくうれしそうでした。

結果だけ見たら単にクイズをつくってしただけなんですが、

自分がしたいと思って行動したことにフォーカスしてみると

すごいことだなと思います。

子どもたちは知らない間にどんどん

芽を伸ばしてもらってるんだなぁと改めて実感しました。

こういう場があるから

話したくなるわけで、

クイズも作りたくなるわけで、

やっぱり受け手の層の厚さがHippo最大の魅力だわ

と改めて思った次第でした。

***

こうやって、

私の理想のでっかいふっとか木みたいに

日々成長していってくれています!

常々

子どもたちには言っているんですが

でっかい人は強い人で

強い人ってのは優しい人なんだよって。

特に男の子は強さを求める節があるから

本当に強い人は優しい人なんだよって

人を包み込める優しさをもってね

って言っています。

***

今日の講演でもその話は軽く触れました。

「多言語」って別に何語何語の話をしているわけじゃなくて、

目の前の人のことば

人間のことば

の話をしているわけです。

仮に~語の部分の話に焦点をおいてみたとして

そのわけわからない~語の中に身を置いた時に

分からないことだらけで、

できないことだらけで。。。

そういうときって

わかるところに

できるところにフォーカスするようになりますよね。

それってすごく優しい行為につながるなって思うわけです。

人のことが「すごい!」って思えるようになるな~って。

さらに我が子のことを

「一個人」として平らに見れるようになったのも

そういう視点を持ったからじゃないかなと思うわけです。

あ、、、

タイトルからちょっと話が派生してしまってますが、

そんなことを思いながら今日話していました。

ふしょー!スパシーバ!

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