夏を境に成長してるんだ。。。
って気づいた直後に、

おいおいおい。。。ってなって

そんなんだけど
やっぱりすごいところはあって🤣
誰にも真似できない
天性の自然な姿があって🤣

そんな三男が
先日多言語の音源の真似について
突然ぼそっと
「おれ次に何の歌来るかわかる」
って言ってました。
今までも分かってたはずです。
ずっとうたってたから。
でも、
それを突然ことばにしてきたのが
次のフェーズに入った気がしました。
どういうことかというと、
ことばにできるかできないかって
結構大きいと思うのです。
*****
10月12日で9歳になった三男。
つまり、10歳という節目が近づいています。
いつも思うのですが、
10歳前後って
とっても哲学的なことばを口にします。
これは、
小さいときのとても自然な状態が
ことばにできるようになってくる年齢が重なった時にだけ起きるなぁって思っていまして。。。
つまり
何も飾らない表面的なものではない
とても純粋な素敵なことばで
だから、
哲学的な感じとしか言い表せないことばなんですが、、、
その時代が来たように思いました。
↓過去にそれを感じた話いくつかあげときます↓



***
この10歳ってラインは
勝手に大人が引いているとは思いますが、
実際あると思います。
***
例えになるかどうかわからないですが、
太湖大学堂に行った年齢の件で一つ。
太湖大学堂に行った大人や子どもでも大きい子たちがいうことばに
「ちびっ子ほど日本人とか中国人とか関係なく混ざってる感じ」
というような話をよく聞きます。
聞かずとも想像もできます。
~人とか気にして遊んでるちびっ子はいないですもんね。
そういう無意識で一緒に関われる年齢の子ほど
丸っと環境受け止めて帰ってきてる気がするんです。
我が家
去年は二男が小5の時に
今年は三男が小3の時に
太湖(中国)に行きました。
11歳になりたての時と
8歳(9歳に二ヵ月前くらい)です。
前提として、
二男も三男も同年齢程度の英語での会話には困っていません。
**
帰国してすぐの状態は同じでした。
「全部分かった。何も困らなかった。」
話をしながら出てきたのは
二男は英語の文章。
ご飯の前とかにみんなで言ってた文章だったか。。。
何だったか。。。忘れてしまったんですが、
でも毎日くらい言ってたことばだったはずなんです。
同じように毎日口にしてた中国語があったはず。
でも、それは全く口から出てきませんでした。
英語の歌みたいなものだけ口から溢れていました。
一方、
三男は
中国語の詩歌が2つほど溢れてました。
もっと聞きだしたら、
もっとでてきたんかな?
とは思うのですが
そこまでできませんでした。
もったいなかったとは思いますが、
それでも、あの中国語のうたが出てきたのにはびっくりでした。
誰かと一緒になら二男もうたえたと思うのですが、
まるっと詩歌が身体に沁み込んで
一人ででもうたえる状態にまでなったってところが
10歳のラインに感じた一件でした。
今時と共に
二人ともどんどん忘れてしまっていますが、
それでも、
とても面白い現象だなと思います。
もちろん個人差はあるとは思いますが、
それでも
小さいうちの経験って丸ごとなんだと思います。

コメント