「多言語」環境で育つもの=「人間」してるってとこを、私は話したいみたい。

先日、関東の北の方に講演会に呼ばれて行ってきました。

特に有難かったのは、

その地域で長くこの活動をしてきた方と

3日間とても濃い時間を過ごせたこと。

日程二日目は、

その方の家に泊まらせてもらえたおかげで

ずーーーーっとお話できました。

二女と一緒に泊まらせていただいたんですが、

二女のことは、この方の旦那さんに任せてしまって、

本当にこの方と長く語れたことが嬉しかったです。

今、そして今後求めるものや、

考えが共通しているだけでもうれしいのに、

本当に未来を見据えた話ができたことが

一層嬉しかったです。

「当たり前」に目をむける&「話せる」ということ
当たり前に目を向けることの大切さと、「話せる」とは何か??に迫ります。

その方とは↑この記事で講師をしてくださっている方(以下、M)です。

私が感じてるだけかもですが、

けっこう理系な感じの話し方で、

とても分かりやすく 

こころに刺さる話をしてくれる人で、

とても尊敬しています。

そんな方の前で

今回 講演してきたんです。

でも、不思議と緊張とかはありませんでした。

ただただ、光栄というか、うれしかったです。

*****

すべての日程が終わって、

報告会が始まってからも

この方はとても親身に耳を傾けてくれていました。

そして、

更に嬉しいことに

とっても素敵な感想をくださいました!

以下、シェア会でのMのことば

『~前略~
今の人たちが見てるHippoが、今のHippoでしょう。
今入ってくる人たちが見てるHippoが、今のHippoでしょ。
で、そうすると、
その(みんなの)話を聞きながらさ、
私はいつも、
Hippoって何だろうって思っているんだけど、
あの・・・なんていうの・・・
その、(例えば)受け止めてくれる人がいるから幸せだとかさ、
なんかそういうことは今、
今でてきた。
そういう環境が今できてきたっていうのは事実なんだけど、
そこを目的にやってたわけじゃなくて
誰でもどんなことばでも話せるようになる
人間の力っていうか、
それを信じてというか、
信じてってのも、ちょっとことばは違うけど、
そのそういう環境さえあればっていうところをやれば、
大人でもどんなことばで話せるようになるよっていうことを実験するっていうことだけで始まって、
45年経ったら
誰でも受け止めてくれるような
心地いい環境ができていたんだよね。
気がついたら。
それが目的じゃなかったっていうかさ。

で、
Haruがいっぱい話してくれてるのは、
その、そういう活動をずっとしてきて、
今見えてる最前線の部分。
それは、さかっちゃんがずっと前から話していたことが、
もう本当に目に見える形で実現しているっていうことを話してたわけ。

で、
私はその33~34年前に、
自分がファミリー始める時は
どこもそんな(ことば以外の成果に関する)目標なんかない。
ただただ
「どんな人でも、どんなことばでも話せるようになる環境を作る」
っていうことだけが目標であって、
そこに人間力がつくとか、
こんな心地いい環境ができます
みたいなことは一切思ってない。
それを目標にしてない。

ただ、
どうやったら赤ちゃんが
どこのことばでも、周りで話されていることばが話せるようになるように、
大人の私たちもできるような環境が、どうやったら作れるんだろう?
赤ちゃん何してるんだろう?
赤ちゃんってどうやってやってんの?
みたいなことだけを話してきた。

だから、
これをゴールにしたんじゃないよって
言いたかったの。

その人間の自然みたいなことが実現できる場をみんなで一緒に作ろうよ。
そしたら今(講演会で)Haruが言ったことは実現するんだよっていう。
話だよね。

赤ちゃんはそういう場で話せるようになるんだということを見つけたんだよ。
45年かかって。
その根っこのところを押さえないと。

楽しい場を作ろうって言ったら、
楽しさなんて人それぞれ違うわけだからさ。
もうガラガラガッシャンってなっちゃうわけじゃん。』

このことばを聞いて、

まず嬉しかったのは、

このMたちが続けてきたことの結果が

リアルに目の前にあって嬉しかったと言ってくれたこと。

日本で生まれ育っても

環境さえあれば

ほんまに多言語話者になるんだ!

っていう事実を

目の前に連れてきたことを喜んでもらえました。

***

そして、

ずっと今まで感じてた違和感が

何だかわかった気がしました。

私にとったら、

環境にある音が話せるようになるのも、

環境が多言語なら、たくさんのことばを話せるようになることも

全く不思議ではなかったんです。

初めから。

どういうことかと言いますと、

インドやアフリカ、ヨーロッパとか

そういった国で生まれ育った人に出会ってきてる人生で、

その人たちは全然頭の中が混乱してるわけじゃないし

ただただ、小さいときから

たくさんのことばの中で育っただけで

たくさんのことばが話せるようになっているという事実。

それを本人の人生のスキルとして持っていて、

そういう人に出会って生きてきてたから、

そこに不思議は一切なかったんです。

もちろん

ことばが話せるようになっていく

当たり前のすごさ的不思議については、

とても魅力を感じています。

でも、

Hippoの講演会って、

いつも

その部分だけを話していることが多くて、

そこを不思議と思ってない私からすれば、

その部分だけの講演って何かいまいち引き込まれないのです。

交流に行ってこんな風にことばが分かった!

っていう話も、

言いたいことは分かるのですが、

「いいなぁ~うちも行きたいなぁ~」

って思ってしまうほうが大きくて。。。

だから、

それよりは、

このたくさんの音に溢れる環境の中で

その音を楽しんでいる仲間と共に生きることで

自分や子どもがどうなったかとか、

この環境をどう作ってみたかとか、

そういうリアルを知ってほしいなと思ったんです。

多分。

。。。だから、

私の話って、

最後に「人間」の話をどうしても入れたいんだなと。。。

こんなにも人生が豊かになってるよ!
人生彩り豊かで、深まってるよ!

って伝えたいんだろうなって思います。

**

そういえば、

初めての講演会は 

どちらかというと

「子育てが楽に楽しくなった」

そんな内容でした。

それが事実だったから。

でも、年々

子どもたちが育ち、

子育てどうこうというより、

「生きる」こと自体が楽になったというか、

「生きやすくなった」なと思い始めました。

自分自身が

思考も含め、

どんどん柔軟になっていった分、

何かにぶつかった時に

「ほんじゃ、こうしよかなぁ~」

みたいな臨機応変的なことが

どんどんたやすくなっていったんです。

**

ことばはお土産のように

もちろん話せるようになるし、

生きやすくなるし。。。

悪いこと一切ないやん。。。

って思ったら最後、

この生き方を知らないなんて、

これほどもったいないことないなと。。。

本気で思うようになりました。

もちろん

知った上で選ばないのはいいのです。

個人の自由。

そこに踏み込む気はありません。

押し売りしてるわけでもないし。

ただ、

「人間」というものは、

こういうものなので、

こんな環境に身を置けば

誰でもこうなるという事実だけは変わりません。

(意識の問題も関わってきますが、そこは置いといて)

***

稀に体験に来てくれても、

「やり方分かりました」って帰って行かれる方がいるそうですが、

ここで一番大事なのは、

「人間」です。

「受け手の層の厚さ」が、

この環境の最大のポイント。

45年かけて培われてきた「人」。

この人たち無しで

技(やり方)だけで話せるようになることは

まぁ~無理ですね。

もちろん自分で「人」を探せればOKですが、

でも、その場合、話せるようになったとしても、

人数がいります。

そして、話せるようになったとしても、それだけ。

ここの「人の縁」は

本当にすさまじいです。

つまり、「多業種」。

自分は、もういい年だから

世界が広がるといっても、

進路に影響は特にないです。

でも、子どもたちは違う。

ここで出会った人たちのバックにある世界のおかげで

選択肢が広がります。

こんな世界(仕事)もあるんだと知っていることと

知らないのとでは

全然生き方が変わっていきます。

ことばだけじゃない。

ことばには必ず「人」がついてきます。

その世界が丸ごとついてくる。

それは、本当に

知らないともったいない世界に

直結してるなと今でも思っています。

「蛙の子は蛙」っていうけど、

それだけ狭い世界しか知らないと、そうなるのは当たり前。

もちろん知った上で両親の姿から

同じ道を選ぶ人もいます。

それはそれでいいんです。

でも、そこしか知らないから

想像が及ばなくて、

そういう人生を送るっていう場合があるなら、

やはり知ってほしい。

いろんな世界を!

って思います。

***

多分、

私自身が

ことばが話せるようになる部分に魅力も感じてますが、

ここの「人」が大好きだから

こういう風になってきたんだろうなと思いました。

*****

そして、このMの話は続きがありまして。。。

『ついでだから言わせてもらうと、
その赤ちゃんがこうなってる、
人間はこうなってるっていうのは、
ものすごく具体的に、
本当にそうなんだっていうことを、
納得できる話を(今回の講演会で)聞かせてもらったんだけど、
それを聞いた大人たちがね、
そのようにどうやってできるんだっていうことをね。。。
次は(何をすべきか)・・・
で、みんなは本当に素直に、
即SD買って、スピーカーおこうと思ったのは、ものすごいなって思うんだけど…
そこに結びつくことが、すごいなと思うんだよね。
それで、
自分がどう赤ちゃんのようになれるんだっていうことが想像ついてるのかな。
想像ついてるから、そういうことをやるんだと思うんだけど・・・
すごいな。って思ってて。

Haruが子どもたちが喋ってるのを聞いて、
あ、今こうなった。
あ、今その絵の描き方が変わったら、
ことばはこうなったって見つけていって
子供たちは何も思わずその環境の中で泳ぎながら
成長していってるわけじゃん。
そういう子供たちみたいなことが
私たちにどうできるのかって・・・
思ったらまた迷路に入っちゃうんだけど・・・

でも一つわかったのは、
大人もとにかく、
やっぱり口に出す、
声に出す
体験するしかない
んだね
っていうことなんだけどね。
そうすると
他の人が見つけてくれる。』

そうなんです。

大人も結局やるしかない。

人間なら誰でもいつでも

いつからでもできる。

それを実践するかしないかだけの話。

時々聞くのが、

ここにいても何も成長がないので。。。

ということば。

何の成長も感じられなかったのか

もしくは、自分の予想していた成長具合ではなかったか

そんなところだと思いますが、

それは、

環境次第で変わります。

成果は出るまでに時間がかかります。

赤ちゃんも時間がかかっています。

それでも、足らないという事は、

環境がまだまだという事かもしれません。

環境が足らないと思うなら、

自分から動くしかない。

動いた結果が、

今の私のまわりにある環境。

以前は週に1回しかファミリーがなかったけれど、

今は4~5回も行けます。

仲間が、同じように

この環境すごい!って思ってくれたから

自分で一歩踏み込まないともったいないと思ってくれたから

だから、今のこの地域があります。

そう思います。

何年も細々この地域で

がんばって「場(ファミリー)」を開き続けてきてくれた人がいたから、

そこに集う人がいてくれたから

今があって、

そして、広がった!

この地域はこれからです。

今回、講演会に呼んでくださったメンバーの一人(M)は、

あの地域の最初の一歩を踏み出した人で、

私は、あの地域に呼ばれて光栄でしたが、

あの場に、私の地域の未来のようなものも感じました。

山奥過ぎるので、

あそこまで大きくはならないけれど

でも、あんな風に広がっていけたらと思います。

同じようにそこを感じてくれてた人もいて、

そんなメッセージもくださった方がいました。

『本当に奥深い。。。山奥。
あそこで、どうしたらHaruが
多言語の環境が作れるかを
楽しく試行錯誤してるっていう話と、
Mが34年前からね
頑張って作り続けてきたこと。
それがね、重なってね!!
もう予想以上に感慨深いものがありました。』

とのことです。

声を詰まらせながら

そう語ってくれました。

私も、

想いが重なって

こころにくるものがありました。

いつもいいますが、

これをしなかったからと言って

生きていけないわけではないのです。

別になくても生きてはいけます。

ただ、

私にはもうこの土台がないのは考えられません。

ことばに対しても

生き方に対しても

常に考え、磨き、新しい世界に飛び込んでいく感じ。

これがとても好きです。

元々こんな風に生きてたけれど、

ここの仲間と共に生きることで

自分の体験を考察できるし

こんなにも真剣に面白がって聞いてくれる人たちに囲まれてるからこそ、

ことばにしようとも思うし!!

本当に有難く、嬉しく思います。

*****
*****

この思いを最近は

いろんな国のことばでもできるようになりたいなと。。。

心底思います。

ちょっとずつは進歩してますが!!

本当に、

真摯に「音」と向き合うだけで

音に浸って口から出すだけで

こんなにも「音」の方から私に向かってきてくれるなんて!

って思います。

最近はそこもとても面白く感じています。

また、自分の変化について書かないと!!って思ってます🤣

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