
↑続きです。
そして、このMの話は続きがありまして。。。
『ついでだから言わせてもらうと、
その赤ちゃんがこうなってる、
人間はこうなってるっていうのは、
ものすごく具体的に、
本当にそうなんだっていうことを、
納得できる話を(今回の講演会で)聞かせてもらったんだけど、
それを聞いた大人たちがね、
そのようにどうやってできるんだっていうことをね。。。
次は(何をすべきか)・・・
で、みんなは本当に素直に、
即SD買って、スピーカーおこうと思ったのは、ものすごいなって思うんだけど…
そこに結びつくことが、すごいなと思うんだよね。
それで、
自分がどう赤ちゃんのようになれるんだっていうことが想像ついてるのかな。
想像ついてるから、そういうことをやるんだと思うんだけど・・・
すごいな。って思ってて。
Haruが子どもたちが喋ってるのを聞いて、
あ、今こうなった。
あ、今その絵の描き方が変わったら、
ことばはこうなったって見つけていって
子供たちは何も思わずその環境の中で泳ぎながら
成長していってるわけじゃん。
そういう子供たちみたいなことが
私たちにどうできるのかって・・・
思ったらまた迷路に入っちゃうんだけど・・・
でも一つわかったのは、
大人もとにかく、
やっぱり口に出す、
声に出す
体験するしかないんだね
っていうことなんだけどね。
そうすると
他の人が見つけてくれる。』
そうなんです。
大人も結局やるしかない。
人間なら誰でもいつでも
いつからでもできる。
それを実践するかしないかだけの話。
時々聞くのが、
「ここにいても何も成長がないので。。。」
ということば。
成長してるのに何の成長も感じられなかったのか、
もしくは、自分の予想していた成長具合ではなかったか
そんなところだと思いますが、
それは、
環境次第で変わります。
成果は出るまでに時間がかかります。
赤ちゃんも時間がかかっています。
それでも、足らないという事は、
環境がまだまだという事かもしれません。
↑*追記に繋がります!
環境が足らないと思うなら、
自分から動くしかない。
動いた結果が、
今の私のまわりにある環境。
以前は週に1回しかファミリーがなかったけれど、
今は4~5回も行けます。
仲間が、同じように
この環境すごい!って思ってくれたから
自分で一歩踏み込まないともったいないと思ってくれたから
だから、今のこの地域があります。
そう思います。
何年も細々この地域で
がんばって「場(ファミリー)」を開き続けてきてくれた人がいたから、
そこに集う人がいてくれたから
今があって、
そして、広がった!
この地域はこれからです。
今回、講演会に呼んでくださったメンバーの一人(M)は、
あの地域の最初の一歩を踏み出した人で、
私は、あの地域に呼ばれて光栄でしたが、
あの場に、私の地域の未来のようなものも感じました。
山奥過ぎるので、
あそこまで大きくはならないけれど
でも、あんな風に広がっていけたらと思います。
同じようにそこを感じてくれてた人もいて、
そんなメッセージをくださった方もいました。
『本当に奥深い。。。山奥。
あそこで、どうしたらHaruが
多言語の環境が作れるかを
楽しく試行錯誤してるっていう話と、
Mが34年前からね
頑張って作り続けてきたこと。
それがね、重なってね!!
もう予想以上に感慨深いものがありました。』
とのことです。
声を詰まらせながら
そう語ってくれました。
私も、
想いが重なって
こころにくるものがありました。
いつもいいますが、
これをしなかったからと言って
生きていけないわけではないのです。
別になくても生きてはいけます。
ただ、
私にはもうこの土台がないのは考えられません。
ことばに対しても
生き方に対しても
常に考え、磨き、新しい世界に飛び込んでいく感じ。
これがとても好きです。
元々こんな風に生きてたけれど、
ここの仲間と共に生きることで
自分の体験を考察できるし
こんなにも真剣に面白がって聞いてくれる人たちに囲まれてるからこそ、
ことばにしようとも思うし!!
本当に有難く、嬉しく思います。
*****
*****
この思いを最近は
いろんな国のことばでもできるようになりたいなと。。。
心底思います。
ちょっとずつは進歩してますが!!
本当に、
真摯に「音」と向き合うだけで
音に浸って口から出すだけで
こんなにも「音」の方から私に向かってきてくれるなんて!
って思います。
最近はそこもとても面白く感じています。
また、自分の変化について書かないと!!って思ってます🤣
*****
*****
追記
「成長を感じられない➡環境がまだまだ足りない」
の点ですが、
ファミリーの話です。
私のようにファミリーを開いたばかりだと
最初から多言語を自由に扱える人はそうそういません。
稀に長くやってる人が来てくれてラッキーなことはあっても、
毎回来てもらえるわけではないと思います。
そうなると、
ファミリーで聞こえる音は限られる。
結果、日本語だけってことになりやすい。
そこは、
音源をうたうことで地道に変化していくしかなくて。
私は、
最初の40分をZoomでつないで
各地から入ってもらうことで、
私自身がファミリーのみんなに提供しきれない「音」を
皆にも、私にも
届けばいいなと思ってつないでいます。
そして、
音源や人からもらった「音」を
ファミリーで実際に使うことが
一番重要だと思います。
ここをせずに、
ただ、音源の真似して、
ただ体動かして
何か日本語でお話して
だと、
それは。。。
成長は感じられないと思います。
本来、
「音源の真似してうたう」は
すべてに関わるべきで、
身体を動かしているとき(SADA)も音源の真似を全力でするし、
お話してるとき(マイクタイム)も全力で自分の中にたまってる音を絞り出します。
そうやって、
地道に「音」と向き合って
環境に「音」を増やしていく。
ここがとても大事。
この部分なくして
「自動」で話せるようになるというのは無理な話かなと。
そう、
「自動習得」ではありません。
赤ちゃんたちもそう。
ものすごいこちらを観察し、全力で真似して、
全力でwantを訴えています。

「自然習得」って
「自然」って本来とても厳しい。
自分から一歩!
踏み込んでいく
寄って行くのがやっぱり重要だなと思います。
***
子どもたちは
そこを無意識でどんどん吸収していく部分があるのが本当にすごいと思います。
パソコンで言うところの
母語のハードウェア作ってる最中だから
同時にソフトウェアも入るというか。。。
結果、全部ハードウェアとして取り込めるというか。。。
大人はもうハードウェアできてるから、
外付けてソフトウェアを取り込もうと思うと、
意識的な一歩
「開く」部分がいるんだろうなと。
それも、
溜まりまくれば
あるときを境に
ぐっと入りやすくなります。
そこまでは超地道🤣
私は、今その境の最初のあたりにかかって来てる感が
何となくしてます🤣
もっといろんなことば
普段から使っていきます。
↑
「使っていこうって思います。」
って書いて
「思います」を消したくらいには
思ってるだけじゃだめだという事。
ここの意識もすごく大事ですよね。
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