

↑この続き。
早朝から急に入った山のめぐみの一件でしたが、
これを済ませて、
みんなで川へ向かいました。
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正直、
キャンプ(合宿)と言えば、
予定がある程度組まれているものだと思います。
でも、ここのキャンプは決めません。
ざっくりの予定はありますが、
きっちり決めないのは、
このためです。
山のめぐみが捕れたら、
確実に即対応するので、
予定は急に変わります。
予定はあくまでも予定であり、
スケジュールは未定なのです。
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それが、この山奥のキャンプの鉄則。
「自然」と共に生きている
その生き方を
そのままお邪魔させていただいていることに
感謝しかありません。
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二日目に泳いだ川は、滝のある場所。
結構深いです。
そして、川に入るには崖を降りて、
急流をほんの少し横切らないと行けません。
これが意外と難しいみたい。
でも、
これが一番大事だと思います。
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この時期
毎年のように聞くのが
水の事故。
今年も既に何件も日本各地で起こっています。
そして、
意外と多いのが
高大生以上の大人たちの死亡事故。
助けようとしての巻き添えもありますが、
中学生以下の死亡事故は1割強だということを考えれば、
子どもよりも
圧倒的に大きい人たちの方が危ないわけです。
そして、
川の事故は、海の約2倍。
***
毎年すごくドキドキしていますが、
ここまで何事もなくキャンプできています。
それは、
地元のメンバーたちが
「山」や「川」という「自然」を知っているから。
このメンバーの人数や
危機意識が少ないと、
きっとかなり危ないです。
***
上のデータの話に戻りますが、
つまり、
言いたいのは、
自分は泳げると思っている人ほど危ない。
プールで泳げるのと
川で泳げるのと
海で泳げるのは
話しが全然違います。
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プールで泳げるからって
川や海で妙な自信を持つのは
本当に危険です。
海は流れがあって 気づけば沖へ流されるし、
川は目で見えているより 流れが速く危険です。
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特に
上流の川は、
急に流れが速くなっている場所があるし、
昔より川に人が入らなくなってきているのもあって
苔が生えててすごく滑りやすい場所があります。
つまり
川では川での歩き方があって
普通の道を歩くのとは話が違います。
下手にジャンプしたらこけるし、
置いた足場が崩れたり動いたりすることもある。
これを想定して歩く必要もあります。
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あえていうなら
川の浅さが恐怖心を無くすのかなと。

↑この場所、
大人の膝までの水深なんですが、
凄く広い場所から
このたった1~2mの場所に流れが集中して下流に流れていくので
見かけよりとても流れがきついんです。
だから、すごく足をとられやすい!
その圧に負けると立てません。
これを知らない人が多いように思います。
つまり、
膝までの水深って、
経験がないと危ないって思えないんです。
で、さっと踏み込んで、
その瞬間に足をとられてこける。
川でこけたら普通慌てるから、
逆に危ないし、
頭を打ったらそのまま流されます。
滝つぼなんかに落ちたら
水圧も関係して一瞬で川底に引き込まれます。
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こういうことを身をもって知っていることが大切だと考えます。
小さいうちに滝つぼに落ちれって言ってるわけではないです。
ただ、
危ないから「行くな」ではなく、
幼いうちにこそ、
急流に足をとられるとか、
そういう経験をしておくことで、
大きくなったときに
自然に対し
川に対し
警戒心をもって遊べると思うのです。
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どこまで深く潜れば
水圧で耳がおかしくなるのか
川の水がぐっと冷たくなるのか
小さいうちに知ることは本当に大事だと思います。
自然の中での遊びの中に
学びはたくさんあったんです。
これを
知らないで生きている人や
忘れて生きている人が多いように思うのは
きっと私だけではないと思います。
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こんな感じで
泳いだり飛び込んだりしながら
遊んでいたんですが、
川での遊びの中で一つ気づいたことがありました。
それは、
手づかみで魚をとろうとしてる子達を見ていたときのこと。
山奥のフェロウNが、
町の子たちに対して
「みんなすごいな~
こういう岩場の下の方に魚おるでっていうたら
手を突っ込んで探しに行ってた!
普通怖いと思うわ~」
ってほめてたんです。
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私自身もこの山奥の川で育ったし、
そうやって普通に魚を素手でつかんでとっていたので
それが 普通「怖い」につながることに気付けなかったんです。
確かに、
何か出てくるかもしれない。。。
真っ暗で何も見えないところに手を突っ込むなんて
何かにかじられるかも!!
とか思ったら、
怖くて手は出せません😱
それを 出身地関係なく
子ども達が、難なくしていたわけです。
その時に
「見えないもの」に対する恐怖心みたいな感覚が、
ないってことなのか!
って思ったんです。
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「見えないもの」
つまり
「わからないこと」に対する恐怖心がないとも言えるかなと。。。
これってすごいです。
そして、
これは、この多言語の環境で
常にわからない音の中に存在してきたことも関係しているのでは??
と思いました。
わからない
知らない
見えない
そう言ったことに対して
自然な自分でいられる素地みたいなものが
ついているのかなと。。。
いや、違いますね。
赤ちゃんたちは
そういうことに対する恐怖心がない。
それが、成長と共に
そういう感情がわいてきて
「挑戦」に対して
とても大きな「覚悟」が要ったりするわけです。。。
つまり、
多分、赤ちゃんの時に持ち合わせていた
「わからない」に対する
恐怖心がない状態を
そのままキープして成長できているんだろうなって思いました。
「分からない」に対して、
恐怖心がない状態を保てるって
ものすごい強みになると思います。



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