
↑今年、地域から一人、鑑古今日曜学校に参加しています。
山奥のMです!
我が家も4年ほど連続で参加していたので分かっているのですが、
中身はとてもいいのですが、
リアル参加しているわけではないというのが
ものすごくネックでして。。。
つまり、
オンラインでの長時間参加はとても難しく。。。
とにかく毎回すごく気合がいるのです。
Mもどうやら同じ感じで、
毎回気合がいって、疲れ始めたんだと思います。
そんな中、リアルでみんなに逢ってみたら何か変わるかも!!
と、考えて、
山奥から、8時間もかけて
鑑古今の特別講座である、
お寺で禅などをする講座を受けてきました。
日帰りは無理なので、
国内ホームステイもさせてもらいました。
その話をM自身がZoomで報告し、
翌日、Mの両親もその報告をしてくれました。
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まず言いたいのは、
講座のことや
それに参加するために
国内ホームステイをしたことを
自分たちから「報告」しようと動いてくれたことが嬉しかったです!
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やっぱりファミリーをし始めて初期の頃は
「報告して!」ってこっちからお願いして
報告してもらっていたと思うのです。
それが、今や、
何かしたら「報告するもの!」ってみんなが思ってるし、
自分でZoomのIDをとってきて
その場を作ろうとするんです。
そのパッションが最高に嬉しいです!
ことばにすることの大切さを
一人一人がしっかり分かってくれてるんだと思います。
そして、
無意識だとは思いますが、
それを自分から進んですることが
どれほど大切かも分かってくれてるんだろうなって思いました。
***
この一連の行動が「無意識」でできるほどに
「自然」な状態であることが
また一層嬉しいです!
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そんなわけで、
その報告を聞いたあと
ブログに書こうと思ったんですが、
やはり手記にしてほしいなと思いまして、
このMのママさんRに手記を書いてもらいました!
*****
『鑑古今をやってみたい!って始めたものの、なかなか大変な状況。
大変な中にも学びはあって、気づきもあるのに、
このままだと、大変だったっていう感情が前に出そうで、
どうにかできないかなと思ったのが始まり。
「鎌倉への課外授業(特別講座)、行ってみる?」
もしかしたら良い時間がまってるかもしれない!!
期待を込めて参加を希望しました。
山奥から大都会へ!
いざドライブで!
8時過ぎに家を出て、到着したのは6時過ぎでした。
初めましてのファミリーにお邪魔するのは、
やっぱりドキドキ。
でも、ウェルカムな雰囲気に気持ちもほぐれ、
あっという間の時間になりました。
都会のファミリーも
田舎のファミリーも
どこに行っても、
ファミリーやってるんだな!
そんな当たり前なのか
不思議なのか分からない
そんな感覚だったけど、
みんなが共通している、
サダやメタカツ、自己紹介を通して、
心の距離がどんどんつまっていく感覚がありました。
終わってホームステイ。
息子Mは、同じ歳の男の子がいるお家へ。
私たち夫婦は、息子Mと同じ歳の女の子がいるお家へ。
短い時間だったけど、いろんな話をして、
お互いがお互いの事を知りたいっていう気持ちから、
初めましてでも心地い時間を過ごさせてもらいました。
息子Mの様子については、
再会した時にいい顔してる!
楽しかったんだなっていう印象も受けたし、
息子Mからホストブラザーの事を嬉しそうに話してくれて、
一晩で生まれた友情が目に見えて嬉しかった。
報告会をした時に、
息子Mの様子や食事の様子について褒めてもらって、
毎日いると見えなくなってた息子のいい所を教えてもらった感じ。
そして、報告会の時に、
いつも出会っているお母さんが、
息子Mのソコを見てくれて、
そこを拾ってくれてありがとうっていうコメントにも驚いたし、
何より嬉しい。
みんなに育てられてるって感覚を改めて感じました。
2日目!
建長寺へ
建長寺ではお寺の歴史や、
境内にある建物などについてお話を伺いながら見学しました。
普段一般の人には公開していないような、
修行僧が修行を行う場所にも案内していただきました。
ぴーんと静かな空気が流れていて、
ここで、沢山の修行僧が厳しい修行が行われているんだろうなと、
そこに流れる空気から感じることができました。
学びのメイン、食作法と禅
食作法について、なんとなく興味を持って参加していました。
生飯(さば)という考え方。
ご飯粒を数粒、机に置き、
自分以外の生きとし生きるものへの施しという考え方だそうです。
この世に生きる全てのものへ意識を向けて、
共に生きているこの世界を感じました。
実際に食べる時には、
音を立てずに食べる事がマナーとして始まりました。
お箸や器を持ち上げる時にも、また降ろす時にも音を立てない。
これが難しい。
音を立てないということは、
自然と動作をゆっくり、
そして丁寧に行わないとできません。
行動一つ一つに集中すると、
食事をゆっくり噛み締め、
味わうことにつながりました。
そして、
私が感じたのは、
今、ここに座っていられる事、
食べることができる事、
そして
味わう事が出来ていることに
感謝している自分がいました。
体調が悪く食事が取れなかった時の事や、
食べても味がしない時期を思い出して、
ここまで回復できていることに感謝して食べながら泣きそうになっていました。
食べ終わりには、
残しておいた1枚の沢庵と少量のお茶で全ての器を洗い
最後まで綺麗に食べ切る事を学びました。
そして、驚いたのは、
いただきますとごちそうさまを全員でするのですが、
箸を持つタイミングと下すタイミングを合わせることでした。
早く食べ終わった人は、持ったまま、終わりを待つ。
大勢での食事なので食べるスピードが早い人、遅い人がいる。
その中で、周りに合わせるとは違った感覚。
調和するという言葉が浮かびました。
食事に集中しながらも、自分だけでなく、
同じ空間を共にする人にも意識を向け、
みんなが心地よい空間を紡ぐ、
一人一人の意識で生まれる空間の大切さ。
これは、食事だけでなく日常生活にも、
常に意識する事が大切だなと感じました。
ピカピカになった器を目の前に、
お腹も心も満たされた食作法の学びでした。
食後は禅
初めての禅。
禅の型を学びました。
座り方、姿勢、呼吸
自分と向き合う時間。
頭に浮かんでくるいろんな事を流していく作業は難しかった。
無になる。
集中する。
その事が、とんでもなく遠いところにあるような、
ソワソワするような感覚から始まりました。
足を組み、姿勢を正し、深く呼吸する事だけに集中する。
これで精一杯でした。
時間が経つにつれ、
浮かんでくる様々な事の「なんで?」を手放せる瞬間が時折ありました。
周囲の空気感からは別の
自分だけの世界へどんどん入っていく感覚。
内側へ内側へ。
今ある自分の、体や心の掴めていない部分が浮き出てくるような。
不思議な感覚を味わいました。
そして、
その先には、身体と気持ちが別のものになっていくような
短い時間でしたが、
感じた事を言葉にする事が難しい、そんな経験でした。
坐禅を終えたあと、
建長寺のお坊さんから法話がありました。
厳しい修行を乗り越え真摯に向き合ってきたからこそ紡ぎ出される
一つ一つの言葉のチョイスに胸が打たれました。
たった半日の滞在時間でしたが、
私にとってとても貴重な経験になりました。
ほんの一部に触れただけですが、
そこから感じた様々な事が、
これから私が私として生きていく中で、
「生きるとは」と自分に問い続けていくきっかけになったと思います。
一つ一つを丁寧に。
まずはここから意識する事が大切なのだと感じました。』
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Zoomで報告を聞いていた時にも感じた
彼女の実直なことばに
こころ洗われるおもいです。
なんか、
こういうことばって、
嘘くささとか、いやらしさとか
そういうのがついてくる場合があるんだけど、
ものすごく清々しいというか。。。
悟りの境地のような。。。
透明のような、うすい青のような
たたき落ちる滝のような
そんなイメージが流れ込んできました。
とにかく聞いてるだけで
すごくこころ洗われた時間となりました。
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禅の作法とかは小6の頃に受けたことがあり
うっすら記憶がよみがえりました。
でも、もう記憶もあやふやなので
私ももう一度行ってみたいなと思いました。
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作法の話から
「さばを読む」の語源を知ることができましたが、
施しにつながる話だったことには驚きでした。
精進料理がぱっと見少なかったようですが、
作法通りに食べることで、
ゆっくり一つ一つ丁寧に味わえたからか、
こころも身体(おなか)も満たされたと
Mのお父さんが言ってたことも印象に残っています。
さらに、
『自分に向き合って修行する。』
『自分の内側に向かって。』
『身体を整えて 呼吸が整わないと こころが整わない』
こんなことばも報告から出ていました。
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一番の共感どころは
ママさんの手記の中にもあったのですが、
仲間のお母さんが、自分の息子のいいところを見つけてくれたホストファミリーに対して感謝するほどに喜んでくれているところ。
そこ見つけてくれてありがとう!ってなってるところに喜びを見出していて、
それ、すごく共感しました。
私も、いつも報告会で
その気持ちになります。
みんなが見つけてくれる我が子のいいところを
みんなして報告してくれて、
それを地域のみんなが喜んでくれて。
こんなこと、普通に生きていたらありえません。
まさに、「有難い」こと、この上無しです。
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最後に書き足すとすれば
私も もっと 一つ一つ丁寧に生きたいと
この夫婦の報告を聞いていて思いました。

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